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参加者レポート 水田 麻雄

短期プログラム
JCR-EULAR若手リウマチ医トレーニングプログラム(短期研修)報告書

水田 麻雄
兵庫県立こども病院 リウマチ科

研修先:Wilhelmina Kinder Ziekunhuis, The Netherlands
期  間:2022年9月から11月まで
 
 
 私は兵庫県立こども病院にてリウマチ科フェローとして小児リウマチ性疾患の臨床的なトレーニングを受け、その後金沢大学小児科にて清水先生、谷内江先生の御指導の元、全身型若年性特発性関節炎(s-JIA)や、s-JIAに比較的高頻度に合併する致死的な病態である二次性の血球貪食姓リンパ組織球症(HLH)として考えられているマクロファージ活性化症候群(MAS)の免疫学的な病態解析の研究に携わってきました。現在は兵庫県立こども病院リウマチ科にて小児リウマチ性疾患の診療に携わっていますが、今回は自分と同じ分野での研究や、より先進的な治療を行っているオランダのUtrechtにあるWilhelmina Kinder ZiekunhuisのPediatric Rheumatologyに2022年9月から11月まで留学させていただく機会を得ましたので、ここに報告させて頂きます。
 
 同病院は、オランダで3番目に古い1636年に創設されたUtrecht Universityの附属病院であり(成人施設に隣接)、積極的に臨床・基礎研究を行っている世界でも有数の小児リウマチ施設です。中でもS.J.Vastert先生はs-JIA/MASの研究に長年携わっており、抗IL-1抗体製剤であるAnakinra単剤でのs-JIAに対する寛解導入療法の臨床研究を責任者として推進するなど、まだ40歳代後半ながら世界のリーダーの一人として活躍されていることから、欧州でのs-JIA/MASの研究の最前線に少しでも携わること、前述したAnakinraによる寛解導入治療の実際の効果と限界を知ること、また同施設の研究への参加や欧州小児リウマチ学会であるPReS(Paediatric Rheumatology European Association)との連携や国際共同研究に参加すること、という目標を立てて留学に望みました。
 
 実際に留学する前から数回web面談をしてこちらの意向をお伝えしていたこともあり、渡欧後は希望通りVastert先生のチームに所属することができました。臨床チームは7名の小児リウマチ医とフェローが所属しており、Vastert先生の外来見学と週1回のカンファレンスを中心に参加しました。またラボチームは関節炎病態の基礎研究者であるLoosdregt先生とVastert先生の共同主催で、ポスドクと大学院生併せて10人以上と小児科領域においては大所帯であり、週1回のリサーチカンファレンスに加えて、成人領域も含めたアレルギー・リウマチ・腫瘍・皮膚・眼科など免疫介在性疾患分野の研究を行っているラボチームの持ち回りの1時間程度の研究発表会に定期的に参加させて頂きました。驚いたことにオランダでは少なくとも医師や研究者は全員英語が非常に堪能であり、上記のカンファレンスは全て英語で発表・議論がされていました。日本と違い発表の途中でも突然質疑応答が始まるのでそういった文化的な違いはとても興味深かったのですが、自分にとっては話すタイミングを見つけることが些か難しく、また英語の聞き取りにも常に労力を要するため、英語能力の問題は留学を通じて大きな壁でした。また前述の各ラボに加えてTranslational Immunology Research Centerも存在し、臨床チームと積極的にコラボレーションすることで基礎研究の経験のない先生でも病態解析などに参加できる土壌が形成されていました。このような臨床的な疑問と基礎的な解析が良い意味で分業・効率化されており、それらが良い成果に繋がっている環境はとても羨ましく思いました。
 
 実際の自分の仕事としては、留学期間が短期であったために実際にラボで手を動かしての研究は困難であったため、Vastert先生の提案でサイトカイン・ケモカインなどの炎症性蛋白質の大規模解析に携わらせて頂きました。具体的にはLuminexによる定量評価と、Olinkという極少量の血液検体でも多数の炎症性蛋白質の半定量評価が可能となる手法を用いたs-JIAの病態解析で、院内にいるバイオインフォマティクスの専門家と相談しながら解析を進めました。日本でも同様の解析はこれまでにもしてきましたが、実際の統計処理などの解析手法に関して、院内で気軽に連絡して相談できる環境は非常に羨ましく感じました。また幸運にもVastert先生にPReSでのs-JIA/MAS working partyのメンバーに推薦して頂き、当初の目標のひとつであった国際研究への参加が早々に実現することになりました。特にMASのworking partyはItalyのMinoia先生とVastert先生が主導されており、ちょうど留学中にPragueで開催されたPReS congresに参加した際にMinoia先生やその他各国のs-JIA/MASの研究を推進している先生方にも紹介頂くなど貴重な機会を得ることができました。また、新たにMASの治療に関するsystematic reviewが始まるタイミングであったため、運良く主要メンバーとして参加することができ、grade評価前の文献スクリーニングと資料作成を行いました。更には上記からの派生で、悪性腫瘍に伴うHLHのsystematic reviewも行うことになり、こちらはVastert先生にご紹介頂いて院内の小児血液腫瘍内科医と、小児集中治療医との連携で帰国後も継続しています。臨床的にはやはりs-JIAに対するAnakinra単独での寛解導入は非常に効果的であることを実感した一方で、不応例や再発例も存在し、特に不応例については治療に難渋している点は本邦と同様でした。また初期の段階での治療選択に関して、いまだ有用なバイオマーカー等の指標は存在しておらず、今後の課題であることをあらためて認識できました。
 
 生活面では予想していた以上にオランダ語はとても難しく(発音は英語やドイツ語に似ている単語もありましたが)、家電の使用や買い物の時など何が書いてあるのか全くわからず苦労することも多かったです。ユトレヒトは近代的な高層ビルはほとんどなく古い建物が沢山残っており、自然豊かでのんびりとしていてとても暮らしやすい街でした。食事面ではオランダでは一日にhot mealは一度で朝昼は非常に簡素である習慣に驚きましたが、時短食品のバリエーションが多く質も高いこと、ビールの種類が豊富で美味しいことなど、嬉しい誤算も沢山ありました。週末には、オランダ国内は九州程度の広さである上に平地なのでどこでも移動しやすく、日本国内での旅行感覚でベルギーやドイツなどの隣国に鉄道ですぐに移動できてしまうので、ユトレヒト以外の都市への観光やブンデスリーガの観戦に赴いたり、オランダでのハロウィン的なイベントであるセントマーティンやサンタクロースの元となったシンタクラースの来訪など日本では経験できないactivityを家族で楽しむことができました。また医師の働き方で驚いたのは、週休3日で自分の生活の質もしっかり担保されていることや、vacationは3週間程度しっかりとること、大学院生は学費無料で大学に雇用されていることなど、ライフワークバランスを大事にしている点は日本との落差を感じました。
 
 短期間ではありましたが、推薦頂いた国際委員会の先生方や不在中の仕事の穴を埋めて頂いた上司や同僚の先生方のおかげで充実した留学経験をすることができました。また公私にわたりサポート頂いたVastert先生には、同じ目標を持った仲間として受け入れて頂き、帰国後も関係性を続けることができているのは何よりの財産になっています。この経験を通じて沢山の課題があることがあらためてわかりましたので、国内でも引き続きよりそれぞれの患児にとってより良い結果が出せるような個別化した治療法を目指して研究を続けること、国際研究にしっかり関わり続けることを目標に今後は取り組んで行きたいと思います。
 

写真:ユトレヒトの町並

写真:病院内

写真左:ラボの仲間達/写真右:キンデルダイク(世界遺産)