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参加者レポート 金子 佳代子

短期プログラム
JCR-EULAR若手リウマチ医トレーニングプログラムを参加して

金子 佳代子
国立成育医療研究センター周産期・母性診療センター母性内科

研修先:Nuffield Department of Orthopaedics, Rheumatology and Musculoskeletal Sciences, University of Oxford (Prof. Peter C. Taylor)
 
 
令和2年2月から3月まで、英国Oxford大学のRheumatology Departmentで研修をさせて頂いたので、ここにご報告申しあげます。
 
私がご指導頂いたPeter C. Taylor教授は、以前Imperial College LondonのKennedy Instituteで臨床研究を中心に活躍されていた方で、Kennedy InstituteがOxford大学に移転したことに伴い、平成23年にOxford 大学Nuffield Department of Orthopaedics, Rheumatology and Musculoskeletal Sciencesに教授として着任しClincal Trials Unitを立ち上げ、現在は複数のグローバル臨床研究を主導しておられます。また、英国最大の関節リウマチ患者団体であるNational Rheumatoid Arthritis Society (NRAS)のclinical advisorとして患者教育にも力を入れておられました。
 
私は、これまで膠原病患者の妊娠および生活の質(QOL)に関する臨床研究を行って参りましたが、今回の滞在で、英国の4つの自己免疫性疾患の患者会の会員を対象に行われたcross sectional surveyの結果を解析し、バイオシミラーへの切り替えプロセスにおける情報提供や教育に対する患者の満足度の不足が、切り替え後の新規薬剤の有効性に及ぼす影響(Nocebo効果)についての論文を執筆させていただきました。
 
イギリスは日本と異なり、National Health system(NHS)により医療費が無料となる代わりに、医療財源を守るために自己免疫性疾患に対する生物学的製剤の開始基準やバイオシミラーへの切り替え基準は、疾患ごとにすべてNice guidelineによって定められています。したがって日本のように医師の判断で生物学的製剤を開始したり、患者の希望に従ってバイオシミラーを使用せず先発品を投与し続けることは特別な事情がない限り許されていません。さらに英国では多くのバイオシミラーが上梓され、商品ごとに注射器の形状や注射液の添加物(クエン酸など)が異なるものの、患者に商品選択の自由はなく住む地域によって商品が定められてしまうケースがほとんどでした。
 
そのような背景のもと、生物学的製剤の使用に伴い膨れ上がる医療費の削減目的に、2019年にNHS England 主導でアダリムマブ・オリジネーターからバイオシミラーへの切り替えが英国全土で一斉に行われました。インフリキシマブやエタネルセプトなど、過去にもバイオシミラーへの切り替えは行われていましたが、アダリムマブはRA以外にも乾癬や強直性脊椎炎、炎症性腸疾患などでも使用されるために非常に多くの患者が切り替えの対象となりました。Peter C. Taylor教授がClinical advisorをつとめる英国最大のRA患者団体であるNRASにおいても、貴重な医療資源を守るために会を挙げてバイオシミラーへの切り替えを応援し、会員に対して切り替えに応じるよう要請を行いましたが、安い薬価でオリジネーターと同等の効果があるという彼らの期待と裏腹に、切り替え後の薬剤の使いにくさや注射時の疼痛、自覚症状の悪化などといった不満の声が数多く聞かれるようになりました。NRASをはじめとする4つの自己免疫性疾患の患者団体(National Axial Spondyloarthritis Society UKや Crohns’ & Colitis UK, Psorarsis Association, UK)は、これを切り替え時の医療者からの説明と同意、新規薬剤に関する情報提供不足によるものと考え、NHS Englandに対して医療者‐患者間でのSheared Decision Makingの徹底、新規薬剤に関する情報提供の充実を求めるために、その資料とするべく、各会の会員、あわせて数千人を対象に切り替えプロセスにおける説明・同意の経験や情報提供に関する満足度、そして切り替え後の薬剤の使いやすさや投与部位疼痛の有無、自覚症状についてのWEBアンケート調査を行いました。これが今回私が解析を担当したcross sectional surveyになります。
 
このアンケートの解析にあたり、私は同じくNuffield Department of Orthopaedics, Rheumatology and Musculoskeletal Sciences,Pharmaco-device epidemiologyのDaniel Prieto-Alhambra教授より、疫学の基礎、データを解析する際の因果関係の考え方などを直接ご指導いただくことができました。またデータを使用するにあたり、この調査を企画・実施したNRASの創設者であるAlisa Bosworthと現会長のClare Jacklinから、調査の目的とねらい、その結果をもって彼女たちがどうNHS Englandと交渉しようとしているのか、その熱い思いを直接伺うことができました。驚くべきことに、AlisaはRA患者に対する医療の改善を目指してこれまでも積極的な活動を行っており、患者会のパンフレットやYoutubeで情報発信を行うのみならず、自らの経験談をBMJなどの一流誌に投稿し、掲載されるなどしている方でした。さらにNRAS以外の患者団体の会長の方々とも知り合い、直接彼女たちの意見を聞くことができました。このような素晴らしい患者さんたちとの出会いは、私にとって医師としても、また一人の人間としてもかけがえのない財産となりました。

解析の結果、我々は、2019年に行われたアダリムマブ・バイオシミラーへの切り替えプロセスにおいて、約半数以上の患者が薬剤切り替えに対する十分な同意を求められていなかったと感じており、さらに7割以上の患者が当時、“バイオシミラーへの切り替えを断る”という選択肢すら与えられていなかったと感じていたことが明らかになりました。さらに患者への十分な情報提供と新しい注射器に対するトレーニングが、バイオシミラーの副作用を有意に軽減し、切り替え後の自覚症状の悪化を防いでいたことを見出しました。
今後、世界的に増大する医療費を削減し、より多くの患者に適切な治療を提供するためにも、高価な生物学的製剤からバイオシミラーへの切り替えがスムーズに行われることが重要です。そのためには、切り替え時のコミュニケーション不足に伴うNocebo効果は最小限に抑えられなければなりません。このような観点において、本研究の成果は英国のみならず、世界的な医療経済的観点においても意義深いものであったと考えております。本研究結果は2020年のEULARで発表され、論文は現在査読雑誌に投稿中です。
 
このたびの研修は、当時世界的に流行しつつあったCOVID-19によって英国で非常事態宣言が出され私の所属していた研究所も閉鎖となったために、予定よりも早く切り上げねばなりませんでした。しかし、滞在期間中は天候の悪いイギリスとは思えないほど毎日青空が広がり、またオックスフォードの歴史ある街並み、美しい自然にも触れることができ夢のような毎日でした。さらに、インターネットを通じて日本への帰国後もTaylor教授やAlhambra教授、患者会のみなさまとの交流が続き、英国の自己免疫性疾患患者さんのQOLの向上に寄与できるような結果を出せたことは、非常に光栄なことであったと考えております。短い期間ではありましたがTaylor教授が行っておられるグローバル治験が行われている現場を見学することもでき、病院のカンファレンスにも参加して英国の臨床の様子をうかがい知ることも出来ました。
 
最後になりますが、このような貴重な機会を与えて頂いた日本リウマチ学会、国際委員会の先生方、国立成育医療研究センター周産期・母性診療センター村島温子先生、そして様々な形でサポートしてくれた職場の皆様にこの場を借りて心より御礼申し上げます。本研究で得られた経験を活かし、今後も研究、教育に精一杯力を尽くす所存です。
 

A:Oxfordの街並み。右前方が平成天皇の留学されていたMerton College、左奥がハリーポッターの撮影場所としても有名なChrist Church college
B:Oxford city hallで行われたOxford Symphony Orchestraによるコンサートの様子
C: Botnar research center
D1-4: St. Catherine’s college でのカレッジディナーの様子
E: Nuffield Orthopaedic Center