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参加者レポート 蛯名 耕介

短期プログラム

JCR-EULAR若手トレーニングプログラム参加者レポート

蛯名 耕介
大阪大学 整形外科

研修先 : Nuffield Department of Orthopaedics, Rheumatology and Musculoskeletal Sciences, University of Oxford

 

 私は平成26年2月17日から3月29日までの6週間、英国にあるNuffield Department of Orthopaedics, Rheumatology and Musculoskeletal Sciences, University of Oxfordに短期留学させて頂きましたのでご報告致します。私が御指導頂いたPeter C. Taylor教授は、以前に本プログラムで御留学されました慶應義塾大学医学部リウマチ内科の金子祐子先生を指導をされた先生ですので、英国の医療制度や内科的な治療につきましてはそちらを参考にして頂ければ幸いです。今回私は整形外科医としての視点で御報告させて頂きたいと思います。

 Nuffield Orthopaedic Centreは、Medical Sciences Division of the University of Oxfordの関節・自己免疫疾患領域の治療・研究に特化した臨床研究教育機関です。扱っている疾患は関節リウマチ(RA)をはじめとする自己免疫疾患全般や変形性関節症(OA)が中心です。当施設のような高次機能病院を受診するためには総合診療医(General Practitioner;GP)の紹介が必要なのですが、英国中から治療を希望する方々が集まって来ることと、英国の人口当たりの整形外科医数が日本の約1/4程度との現状もあり、手術待機期間は半年以上となることもあるそうです。RAなどの自己免疫疾患の投薬加療は内科医が行うため、整形外科医の仕事は手術に特化しています。主に行われていた手術は膝・股関節外科(人工関節置換術・関節鏡手術)、足部外科(関節固定術・関節鏡手術・矯正骨切り術)、手の外科、骨軟部腫瘍外科、脊椎外科などであり、英国では近年生物学的製剤の普及と共にRA全体の手術件数は減少しているとのことでした。

 英国の病院勤務医師は大まかに卒後5年までのjunior、卒後10年程度までのregistrar、その後の専門医を目指すfellow(research fellowは大学院生に相当)、その部門の長であるconsultantに分けられます。当施設では手術部位別に3~4名程度のconsultantが在籍し、その地位を得られるのは英国中の優秀な整形外科医の中から100倍以上の競争を勝ち抜いた医師だけだそうなので、当然多くの医師にとって憧れの存在です。一方Ph.D.を所得するのは全体の約10%程度とのことで、その事実からも臨床重視の姿勢が見て取れます。
 当施設の手術室は9つあり、概ね各consultantが1日4~7例程度の手術を行っています。週2~3日手術を行うconsultantもいますので多ければ週15例程度の手術を行うことになります(彼らはそれ以外にも近隣のprivate hospitalでも手術を行っているそうです)。手術は朝9時から始まり17時までには全て終わることが多く、consultantとなるためには高度な技量と共に体力も必要なのだと感じました。私はKnee & HipグループとFoot & Ankleグループの先生方の手術や外来を見学させて頂くことができました。初対面の際はまず年間執刀件数と各手術の経験執刀数を尋ねられることが多く、それが外科医として最も重要なステータスと認識されていることが分かります。あるconsultantは、自分の年間手術執刀件数が約400例(人工膝・股関節置換術をそれぞれ200例程度)であると教えてくれました。整形外科手術に関しては私が見学できた範囲ではnavigationなどは使用せず、とにかく早く正確に手術を終了させる(多くの手術件数をこなす)ことが重視されていて、その分医師個人の経験や感覚が重視されていると感じました。Consultantの手術手技は非常に洗練されており、fellowの教育にも熱心な一方、更なる手術成績向上の為に新しい人工関節や手術デバイスの開発などにも積極的に取り組んでいました。また有名なOxford型UKA(単顆型人工膝関節置換術)が膝人工関節の約1/3を占め、他施設でのUKA手術成績を向上させる為のセミナーや実技指導が積極的に行われていたことも印象的でした。整形外科医の仕事は手術に特化しているため、術後のfollowは基本的に紹介元のGPや理学療法士が行います。術者は彼らに指示を送り、次に来院するのは再手術など状態が悪化した場合に限るケースもあるそうです。

 研究に関しては、University of Oxfordが発表した論文は2010年musculoskeletal diseaseの分野で最も引用回数が多かったことから分かるように世界のトップグループの研究施設であると言えます。大きく分けて、研究の公平性を保つため公的な資金だけで運営するKennedy Institute of Rheumatology(2013年にロンドンより移転)と企業からの助成金も含めて運営されるBotnar Research Center の二つの研究施設が病院の敷地内に併設してあり、4000平方メートルの敷地内に約200名もの研究者が骨関節疾患の研究に従事しています。Oxfordは基本理念として”Saving the world, one patient at a time”という目標と共に5年毎に明確な臨床研究テーマを掲げていて、その目的意識の高さを伺うことができます。英国は医療費が無料ですがその分希望の高次機能病院を受診することも制限されるため、臨床研究に参加することで受診できる頻度が高くなるなど患者側にも利益があるので参加を希望される方が多いとのことでした。
現在進行中のプロジェクトには、

① エビデンスに基づいた人工股・膝関節置換術の適応患者評価ツールの開発(GPからの紹介の基準)
② 60歳以上で足関節骨折に対する手術治療と保存治療の治療効果比較
③ Femoroacetabular impingement (FAI)に対する手術・保存治療の長期成績の比較検討
④ 骨関節感染症に対する経口・経静脈抗菌剤投与の治療効果の比較検討
⑤ 椎体骨折に対する保存治療・手術治療への運動療法介入による治療効果の比較検討
⑥ 内側型変形性膝関節症に対する単顆型・全置換型人工膝関節の経済的・臨床的比較評価

などが挙げられていました。これらはいずれも保存治療と手術治療の比較など医療費に直結する臨床研究である点が特徴で、コストベネフィットの意識が徹底されていることが伺えます。 Oxfordの臨床研究のもう一つの特徴としてOxford Musculoskeletal BioBank(2008年に設立)という制度があります。Oxfordの近隣の病院も含めて約1万名程度の血液や手術組織サンプル等を包括同意で所得して、有資格管理医師がデータベースを一括管理しています。毎月各科が研究案を持ち寄り、カンファレンスにより研究の優先順位を決定してサンプルの分配を決めています。これは新しい研究テーマを思いついた際に、新たなサンプルを回収する労力と時間を大幅に縮小できる画期的なシステムであり、是非日本でも導入すべきと強く勧められました。
 私の所属したRA臨床研究チームはリウマチ内科医5名(診察やエコー下滑膜生検などを行う)・整形外科医1名(組織回収のコーディネートや画像解析を行う)・リサーチナース2名(患者診察のコーディネート等を行う)・Ph.D. 2名(サンプルのFACS解析など基礎検討を行う)・統計学者1名(統計のアドバイスや統合解析を行う)で構成されていて、その役割が明確に分担されていました。研究内容としてはRAやOAの新規バイオマーカーの開発に主眼が置かれ、治療開始前と治療後に採取された血液・滑膜組織(同意が得られた患者からは治療開始前に局所麻酔下に滑膜生検を行っていました)エコーによる滑膜炎評価・MRIによる軟骨変性評価などを含めた総合的なデータベースが作成されていました。
 私は今回の滞在期間中、RA患者の末梢血リンパ球のFACS解析やOA・RA患者の軟骨遺伝子発現解析に従事する傍ら、整形外科やリウマチ科のカンファレンス・回診・手術見学や研究セミナーに参加させて頂きました。期間が6週間と限られていたこともあり、自分の興味のあるイベントに優先的に参加できるように配慮して頂けましたので有意義に時間を活用することができました。

今回の研修を通じて私は、
① 英国は医療費が無料であるが故にコストベネフィットの意識が徹底している。コストに見合った効果が期待できない治療は選択することが出来ず、高齢者に対する治療などはコストが抑制される傾向にある。英国と比較すると日本の医療制度は治療の選択肢が多く、患者にとって有益な点も多いと感じられました。

② 欧米人と日本人では体格・ライフスタイル・気質などが大きく異なるため、欧米の治療方針をそのまま流用するのではなく、日本人に合った治療体系を日本人でのエビデンスに基づいて構築していく必要があると感じました。そのためにBiobankのような臨床と基礎研究をつなぐtranslational research制度を充実させることが今後有意義なのではないかと感じました。

③ 改めて、「目の前の患者の訴えに耳を傾け、しっかりと診察し、適切に治療する」という医師にとって最も基本的な職務の尊さや意義を実感することができました。

 今回、日本の医療・研究制度を外から眺めることで多くの新しい発見がありました。また多くの出会いから、今後の自分の医師としての在り方について再考する機会を得られたことが大きな財産であったと感じています。最後になりましたがこのような貴重な機会を与えて下さった日本リウマチ学会国際委員の先生方や、私の渡航を御了承頂きました大阪大学整形外科 吉川秀樹教授 並びに御協力頂きました医局員の皆様方に心より感謝申し上げます。

 

上段:Christ ChurchとOxford市内
中断:Botnar research center
下段:研究室と手術室の皆様と共に

 

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