T.はじめに
抗リン脂質抗体症候群(APS)が提唱されて今年でちょうど20年となる↑1)↑。抗リン脂質抗体と関連した臨床症状は多彩であるが,現在APSの概念は,自己免疫血栓症および自己免疫妊娠合併症であり,病原性自己抗体が引き起こす血栓性疾患,産科疾患という免疫学的,病因論的興味のみならず,獲得性血栓傾向の原因としては頻度の高い病態の一つとして認識され,臨床上重要な位置を占めている。
本稿では,APSの診断と治療につき最近の知見を述べる。
U.抗リン脂質抗体症候群の概念
全身性エリテマトーデス(SLE)患者では,カルジオリピンを含むリン脂質を抗原としたvenereal disease research
laboratory(VDRL)テスト(またはserologic tests for syphilis:STS)陽性でTreponema
palladium hemagglutination assay(TPHA)陰性のパターンが多く存在する。これは血清梅毒反応生物学的擬陽性(BFP)とされ,SLEに特徴的な所見として1982年のアメリカリウマチ協会(ARA,現在アメリカリウマチ学会American
College of Rheumatology:ACR)分類基準にも採用された。さらに,血漿中にin vitroのリン脂質依存性凝固反応を抑制する物質が存在することは1960年代から知られており,これはループスアンチコグラント(LA)と呼ばれていた。
1980年代になって,カルジオリピンや他のリン脂質を抗原として用いた抗リン脂質抗体の免疫学的アッセイが行われるようになり,これらの抗リン脂質抗体と血栓症や流死産の相関が注目されるようになった。Hughesらははじめに動静脈血栓症や流死産と抗カルジオリピン抗体(aCL)との相関に注目し,このような病態を抗カルジオリピン症候群と呼んだ↑2)↑。彼らは検出の難しいLAは,aCLがその責任抗体と考えて,アッセイを行っていなかった。しかし,その後の多くの検討により,LAはaCLと必ずしも一致せず,臨床検査として別に扱うべきという意見が大勢となって,抗カルジオリピン症候群は抗リン脂質抗体症候群(APS)と呼ばれるようになった。APSは単独で発症すれば原発性,SLEに伴えば続発性と分類される。
V.抗リン脂質抗体症候群の臨床症状
抗リン脂質抗体と関連するとされる臨床症状は極めて多様である。しかしながら,APSの症状の基本は血栓傾向であることは疑う余地がない。APS患者に発症する血栓症は全身のさまざまな臓器,組織に起こりうる,とされているが,好発部位が存在する。また,適切な抗血栓療法が行われないと再発が非常に多く,また十分な抗凝固療法がなされていてもしばしばそれに対して抵抗性である↑3)↑。
一般に動脈に起こる血栓と静脈に起こる血栓では病態が異なる。動脈血栓は動脈硬化巣のプラークの破綻によって血小板の粘着,凝集が起こり,それが引き金になって起こる血小板血栓(白色血栓)が基本的な病態である,一方,静脈に起こる血栓は血管内で凝固反応が亢進して起こるフィブリン血栓(赤色血栓)であり,病理学的にも病態の違いが歴然としている。通常「血栓傾向thrombophilia」とは静脈血栓の準備状態であり,たとえば代表的な血栓傾向である先天性プロテインC欠損症やアンチトロンビン欠損症では静脈血栓のリスクであって,動脈血栓のそれとは考えられていない。この点において,APSの血栓傾向の最大の特徴は,静脈のみならず動脈に血栓を起こすことである。すなわちAPSは動脈血栓を起こす唯一の血栓傾向疾患として知られる。
しかもAPSでは脳梗塞,一過性脳虚血発作などの脳血管障害が圧倒的に多く,虚血性心疾患が比較的少ない特徴がある。実際に脳血管障害が動脈血栓症の90%以上を占めている。現在ではAPSは動脈硬化性病変のリスクファクターのない若年性の閉塞性脳血管障害の原因として最も重要な疾患と認識されている。
多発性梗塞の患者では痴呆など精神症状が前面に出ることもある。脳MRIでは単発性から多発性までさまざまな病巣が観察されている(図1)。ただし,APS患者にてんかん,舞踏病,多発性硬化症様神経症状,精神症状など神経徴候が脳梗塞病変とは独立してみられることがあり,注意を要する↑4,5)↑。
SLEに続発するAPSにこのような中枢症状がみられた場合,いわゆるNPSLEとの鑑別が困難となる例がある↑6)↑。横断性脊髄障害はまれな病態であるが,抗リン脂質抗体との相関が強い。統計学的な裏づけはないが,偏頭痛はAPS患者によくみられる徴候である。述べたように神経症状については脳梗塞と関連する場合と脳梗塞を伴わない場合とがあり,後者は抗リン脂質抗体の直接の神経障害の病態が考えらている。
静脈血栓症は下肢深部および表層静脈の血栓症が多く,しばしば肺塞栓を合併する。Budd Chiari症候群の原因としてAPSは最も頻度が高い。理由は不明だが,副腎静脈がAPSの血栓の好発部位であり,二次性アジソン病を来すことがある。
妊娠合併症には妊娠中毒症と不育症・流産がある。妊娠中毒症やその重症型である子癇が抗リン脂質抗体陽性者に多いことが知られるようになり,1998年の新しいAPSのクライテリア(後述)では臨床症状の一つとして取り上げられている。ただし,なぜ抗リン脂質抗体の存在と妊娠中毒症とが相関するのかはほとんどわかっていない。
一方,習慣流産の既往を持つ7―20%に抗リン脂質抗体が陽性である,とされ,流産の原因として子宮自体の異常,染色体異常と並んでAPSは最も重要である。通常の流産が胎盤形成以前の妊娠初期に圧倒的に多いことに対して,APS患者の流産はむしろ妊娠中・後期によく起こることが特徴である。
流産発生機序は,脱落膜―胎盤の血栓形成亢進による循環不全により,物質交換の障害,胎児への栄養供給や酸素供給の低下が起こり,胎盤の発育障害や胎児死亡にいたると考えられている。絨毛間膜は血流が緩慢で,胎盤組織は組織因子などのプロコアグラント物質に富んでいるため,他に血栓症を起こさない抗リン脂質抗体陽性者でも妊娠時には局所的に血栓形成が起こりうると考えられる。
主要症状以外の臨床症状で,とりわけ多いのが血小板減少症である。APS患者の20―40%程度に血小板減少症がみられるが,APSでみられる血小板減少症はいくつかの機序が混合していると考えられる。血小板数20,000/μl以下の重症例の場合はAPSを修飾する他の病態の存在を疑うべきである。合併する病態が否定され,血小板減少症が免疫学的機序によるものと考えられた例については特発性血小板減少症(ITP)に準じた治療の適応となる。出血の危険があるレベルまで血小板数が減少することはまれであるとされてきたが,ITPと診断されている患者の約40%に抗リン脂質抗体(ループスアンチコアグラントまたは抗カルジオリピン抗体)が検出される,という報告もある↑7)↑。すなわち,血栓症や妊娠合併症の存在しない血小板減少症はたとえ抗リン脂質抗体が陽性であってもAPSとの診断はできないが,血小板減少が抗リン脂質抗体の引き起こす病態と関連していることは十分に考えられる。
最近の報告では,LA陽性の新規ITP患者を5年間フォローアップしたところ,61%に血栓症のエピソードが起こり,LA陰性患者の血栓発生率2.3%に比べて著しく高かった↑8)↑。すなわち本来出血のリスクであるべきITP患者が実は血栓のリスクであるということで,ITP患者では抗リン脂質抗体の検索は必須といえる。
弁膜異常は抗リン脂質抗体の存在と強く相関しており,SLE患者を対象にエコーで調べると抗リン脂質抗体陽性患者の40―77%に弁膜肥厚やvegetationなどの異常が認められる。そのほとんどが大動脈弁か僧帽弁の閉鎖不全であった。SLEの古典的な臨床所見であるLibman-Sacks心内膜炎は実は抗リン脂質抗体と関したものであるとのもいわれる。すなわち,傷害された内皮細胞下に抗リン脂質抗体が侵入して弁膜に免疫複合体として沈着するという説である↑9)↑。これらの病変は臨床症状としての弁膜症を来すことは少ないが,脳血管障害と関連していると考えられている。
非常にまれであるが,APSの特殊型に分類される病態として,急激に多臓器不全(とりわけ中枢神経と腎)に陥り,ARDS,重篤な血小板減少症を合併し致死率の高い激症型抗リン脂質抗体症候群(catastrophic
antiphospholipid syndrome)がある。発症機転は不明であるが,広範な血栓症がその引き金と考えられている。ワーファリンを急に中止した場合にも起こることがある。
W.抗リン脂質抗体検出の実際と多様性
以上のような臨床症状がみられたときはAPSを疑う。APSと診断するためには抗リン脂質抗体の証明が必須である。しかし高力価の典型的な抗リン脂質抗体が存在する場合は診断は困難ではないが,抗リン脂質抗体のもつ多様性のためしばしばその判断は容易ではない。
1.抗カルジオリピン抗体の多様性
抗カルジオリピン抗体RIAあるいはELISAは,Harrisら↑10)↑およびKoikeら↑11)↑によって最も早く確立された免疫学的な抗リン脂質抗体の検出法である。現在ではAPSと関連したaCLと非特異的(APSを合併しないSLEや感染症)なaCLは,真の対応抗原の違いにより区別されうることがわかっている。APS患者に検出されるaCLはカルジオリピンとβ2グリコプロテインI(β2GPI)との複合体に結合していることが明らかとなり,しかもその結合エピトープはβ2GPIの分子上に存在することが証明された↑12)↑。したがってAPSに特異性の高いaCLは「β2GPI依存性aCL」と呼ばれるアッセイで検出される抗体である↑13)↑。
このELISAではβ2GPIの存在下および非存在下で同時にaCLの測定を行い,前者の力価が基準値を超え,かつβ2GPIの存在下でのaCLの力価が非存在下での力価よりも高いものを陽性とする。IgM型のβ2GPI依存性aCLは診断基準に採択されているが,「β2GPI依存性aCL」としてはキット化されておらず,各施設でアッセイを確立する必要がある。ただし,経験的にはIgM
aCL陽性患者はIgG型を同時に持っている場合が多い。IgA型もあるが,少なくともAPSの多い白人ではIgA aCL単独陽性の血栓症患者はほとんどおらず↑14)↑,診断基準では除外されている。ただし,人種によりIgA
aCLの意義が異なる可能性も指摘され↑15,16)↑,その検討は今後の課題である。
β2GPI上での抗体結合エピトープは,照射して酸化したELISAプレートにβ2GPIをコーティングしてもβ2GPI分子上に表現されるので,カルジオリピンを用いずに直接β2GPIを照射ELISAプレートに固相化してaCLを検出する方法が確立され,その臨床的意義が確立されつつある(抗β2GPI抗体という用語が用いられているが,照射プレートを用いた場合は検出される抗体はaCLそのものである)。この方法を併用すればβ2GPIを対応抗原としたaCLをより確実に検出でき,いぜんとして世界で広く行われているHarrisのaCL従来法と比較して,APS診断の特異度がかなり改善した↑17)↑。しかし,エピトープ分布の違いによってaCLアッセイでは検出されない抗β2GPI抗体がアトピー性皮膚炎の患児に多く発見され↑18)↑,抗β2GPI抗体としてのアッセイはまだ臨床的検討が十分とはいえない感もある。現時点では,APSの診断にはカルジオリピンを用いる方法のほうが判定は無難であろう。
2.ループスアンチコアグラントの多様性
LAは,in vitroのリン脂質依存性凝固反応(活性化部分トロンボプラスチン時間aPTT,カオリン凝固時間KCT,希釈ラッセル蛇毒時間dRVVTなど)を阻害する免疫グロブリンと定義される。これらの凝固反応自体は簡易な検査であるが,臨床検査上のLAの同定はそのheterogeneityから必ずしも容易でない。また使用する試薬によって感度がかなり異なっているが,それは後述するように凝固試薬に含まれるリン脂質濃度に依存する。
LAはAPSの診断に必要な検査であるにもかかわらず,その標準化はこれまで大変困難とされてきた。試薬のキットはいくつか市販されているが,基本的にアッセイの樹立は各施設に依存している。各施設で感度および特異度をあげるために腐心しているが,単一の方法でLAの存在を決定することは困難であり,通常はいくつかの方法を組み合わせて行う。国際血栓止血学会の抗リン脂質抗体標準化委員会がLA検査のガイドラインを示している↑19)↑。すなわち,1)
aPTT,KCT,dRVVTなどでリン脂質依存性凝固時間が延長していることをスクリーニングする,2) ミキシングテストでこの凝固時間延長が患者血漿中にインヒビターが存在するためであることを示す,3)
障害血小板やリン脂質による吸収中和試験でこのインヒビターが抗リン脂質抗体であることを確証,4) 特定の凝固因子に対するインヒビターを除外する,のステップである。
LAはリン脂質依存反応を抑制するので,LAを検出するにはリン脂質濃度は低いほど感度がよい。aPTT試薬をそのまま使わず希釈することで感度を上げることができる。ただし市販のaPTT試薬には凝固アクチベータが含まれており,試薬を単に希釈するとこのアクチベータも希釈されてしまうため反応が不安定になる場合があるので,アッセイの確立は必ずしも容易でない。リン脂質とアクチベータが別々になっているaPTT試薬や,あらかじめリン脂質濃度を低く設定してあるaPTT試薬(例:PTT-LA,ロシュ社)が市販されているので,それらを使う方法がよい。KCTは残存血小板の作用を極めて強く受けるため,サンプルの取り扱いには十分な注意が必要である。筆者らはすべての血漿サンプルを0.22μmのフィルターを通してplatelet
free plasmaとしてから使用している。dRVVTはスクリーニング目的のアッセイの中では特異性の高い方法であるが,使用する蛇毒の作用機序から内因系上流のインヒビターは検出できない。試薬の調整が繁雑であったが,現在ではLA検出用のキットも数社から発売されている。
確認試験は各施設で工夫されている。ミキシングテストはサンプルと正常血漿を混合させ,凝固時間延長がインヒビターの存在のためか凝固因子欠乏のためかを確認するために行う。たとえばサンプルと正常血漿を1:1,1:4および1:9で混合し,凝固時間をプロットしてその曲線のパターンによりインヒビターと凝固因子欠乏を鑑別している。LA血漿はたとえ少量でも正常血漿由来の凝固時間を延長させるので,X軸に混合比,Y軸に凝固時間をとると上に凸のカーブとなる(図2)。また,ミキシングテストはスクリーニングテストに含める,という立場をとる研究者もおり,初めからプラズマ検体を正常プラズマと混合しておいて凝固時間をスクリーニングする方法もある。
リン脂質添加試験は,希釈したリン脂質での延長した凝固時間が実際にリン脂質(またはリン脂質-蛋白複合体)に対する抗体のためであるかどうかを調べるためで,逆に高濃度のリン脂質で凝固時間を測定して低濃度の凝固時間と比較することで判定する。LAであればリン脂質濃度の差により凝固時間の延長の程度が異なっているはずで,すなわち「リン脂質低濃度の凝固時間/リン脂質高濃度の凝固時間の比」が他の原因による凝固時間延長よりも大きい。添加するリン脂質の量や組成,カットオフ値の定義を検討する必要がある。KCTの場合はリン脂質を添加すると凝固時間が非常に短縮するので,「リン脂質依存性」の定義が実際的に非常に難しく,ミキシングテストを慎重に行ってそれを確認試験としている施設が多い。
特定の凝固因子のインヒビターの除外については,まれな現象ではあるがその存在を忘れてはならない。第[因子インヒビターはSLEの合併がなくとも比較的頻度が高い。ただし,その場合は臨床症状は血栓ではなくて出血である。第[因子を含めた凝固因子活性をルーチンの方法で調べれば診断可能である。
3.新しい抗リン脂質抗体,抗プロトロンビン抗体の多様性
Beversら↑20)↑はLAとaCL両者陽性プラズマから抽出したIgGを16検体用意し,そのうち11検体ではaCLを吸収してもLA活性が残った。このLA活性はヒトプロトロンビンとカルシウムの存在下で発揮され,リン脂質結合プロトロンビン(プロトロンビンはカルシウムの存在下のみでリン脂質に結合する)がLA活性に必須の条件であるとした。ウシやヤギのプロトロンビンではLA活性は観察されなかった。これはプロトロンビン依存性LAとされ,β2GPIの存在下でLA活性を発揮するβ2GPI依存性LAと対比される。
この論文以来,プロトロンビンが抗リン脂質抗体の主要なターゲットであるといわれて久しいにもかかわらず,ELISAで検出できる抗プロトロンビン抗体の臨床的意義については議論途上である。Arvieuxら↑21)↑は,抗β2GPI抗体が照射ELISAプレートを使って検出できることと同様,抗プロトロンビン抗体も照射プレートにプロトロンビンを固相化することにより検出できることを示した。現在抗プロトロンビン抗体は主にこの方法によって検出されているが,APSのマーカーとしての地位は確立しているとはいいがたい。われわれはSLE患者で抗プロトロンビン抗体とAPSの臨床症状の相関を示したが↑22)↑,あまり強い相関ではなかった。別の報告では抗プロトロンビン抗体はAPSとは関係がないとされた↑23)↑。しかし筆者ら↑24)↑のその後の検討により,ホスファチジルセリンを固相化,プロトロンビンを吸着して抗原としたものを用いてELISAを行うと(ホスファチジルセリン依存性抗プロトロンビン抗体:aPS/PT),APSの臨床症状やLAの存在と非常に強い相関があることが示された。LA陽性者の半数はaPS/PTが陽性であり,逆にaPS/PT陽性者は9割以上がLA陽性であった。aPS/PTの力価は照射プレートを用いた抗プロトロンビン抗体(aPT-A)とは多くが乖離しており,それぞれ別々の抗体群を検出していることは明らかである。モノクローナル抗体を用いた検討により,aPS/PTはLAの責任抗体の一つであることがわかっている。
抗プロトロンビン抗体についての詳細は,最近筆者らがまとめたので↑25)↑,参照いただきたい。
X.APSの現在の診断基準
1999年,APSの新しい分類基準案(表1)↑26)↑が提案された(札幌におけるワークショップで議論されたうえで提案されたクライテリアなので,国際的にSapporo
Criteriaとよばれる)。このCriteriaについて,NIHのLocksinら↑27)↑が評価を行い,感度が71%,特異度が98%であった。Sapporo
Criteriaは従来のHarrisの提唱したCriteriaと比べて厳しくなっている,ということだが,それは臨床所見からの血小板減少症の除外が主な原因である。血小板減少は前述したように明らかに抗リン脂質抗体と相関した検査所見である。血小板減少は微少血栓による消費に起因するものがある一方,ITPの病態の一つのように抗体が直接血小板のturn
overを促進している機序が考えられる。Sapporo Criteriaはそのことを否定するものでなく,APSを「自己免疫性血栓症」とする立場を重視し,APSの疾患群からITPを除外することで患者群のheterogeneityを改善する効果がある。したがって,血小板減少症はあるが血栓症が証明されない場合は,たとえ抗リン脂質抗体が高値であってもITPの診断としなければならない。
一方,妊娠合併症については定義が拡大された。妊娠10週以後はfetus(胎児),10週未満はembryo(胎芽)であり,胎児になってから心拍が停止することは特殊な病態と考えられる。したがって10週以降の流産はAPSに特異的と考え,たとえ反復はなくともAPSを定義する臨床症状とした。以前は反復流産だけが定義であったので,明らかに高値のaCL,強力価のLAがあり,妊娠後期に胎児死亡を起こしても,次の流産を待たなければAPSと診断できなかったことを改善した。また,前述したように妊娠中毒症がAPSの症状として認められた。bの「妊娠34週」の意味は,妊娠34週以前に発症した妊娠中毒症は胎盤形成不全が原因と考えられており,急速に進行する重症妊娠中毒が多いのに対して,妊娠35週以後は軽症妊娠中毒が多い事実から,APSの臨床症状を34週までとした。
検査所見については,APSの定義から抗リン脂質抗体の証明が必須である。
明解な糖尿病やSLEのクライテリアと比較して,Sapporo Criteriaの難点は分かりにくさである。それは,APSが抗リン脂質抗体の存在で定義される疾患であるにもかかわらず,抗リン脂質抗体陽性の定義が不明確であることが第一の理由である。aCLのβ2-グリコプロテインI依存性はそれを調べるためのキットが発売されており,健保も通っているのでよく知られている(抗カルジオリピン-β2グリコプロテインI複合体抗体)。「中等度以上」とは,1987年にHarrisが抗カルジオリピン抗体(従来法)のELISAを標準化したときに,カットオフ値を通常の健常人の95%や99%で定めたときSLEや感染症患者に陽性者が多くてAPSの診断にはあまりに特異度が低かったためで,15GPLと6MPL以上を中等度高値として提案したことに由来している。このころはaCLのβ2-グリコプロテインI依存性という現象はまだ知られておらず,新しいアッセイが一般的になりつつある現在では見直さなければならない基準であると考えられる。
6週間以上間隔をおいて2回以上陽性とは,急性感染症によるaCLを除外するための項目で(Harrisのかつて所属していたロンドンの聖トーマス病院のLupus
Clinicでは患者定期受診が6週間毎である),再検が必要ということであるが,aCLはむしろ梅毒など慢性感染症での存在がよく知られており,また同様にAPSと関連したaCLの対応抗原がβ2-グリコプロテインIであり感染症のそれと区別できることから,それほど重要な意味を持たなくなった。IgAの抗カルジオリピン抗体は採用されなかった。しかしアフリカ系やアジア系ではIgA
aCLの頻度が比較的高い事実も指摘され,今後の検討課題となっている。LAの検査法のステップは国際血栓止血学会のガイドラインがそのまま引用されたが,「陽性」の定義が各施設にまかされおり,明解とはいえない。
Y.APSの治療指針
1.現在の治療指針
APSの治療について,2002年10月にイタリアのタオルミナで国際コンセンサスワークショップが行われ,各国の専門家が集まって議論を繰り広げたが,これまでのエビデンスが乏しいことから治療のコンセンサスには至らなかった。
そこで,現在の当科でのAPSの治療指針を示す。APSはこれまで述べてきたように多彩な病態であるものの,基本は自己抗体と関連する血栓傾向疾患である。ある意味では臓器特異的自己免疫疾患であり,ステロイドや免疫抑制剤が治療の原則にならないことは,橋本病の治療がステロイドや免疫抑制剤でなく甲状腺ホルモンの補充であることと同じ理由による。
急性期の動・静脈血栓症に対しては,線溶療法やヘパリン療法など一般の救急処置が行われる。APSに特別な治療法はない。
再発予防がAPSの治療で最も重要である。動脈血栓で発症したAPS患者は動脈血栓を再発し,静脈血栓で発症すれば再発も静脈血栓が圧倒的に多いが,両者の合併例もみられる。APSのthrombophiliaという観点から,抗凝固療法すなわちワーファリン療法が以前から行われていた。Khamashtaら↑3)↑は147例のAPS患者をretrospectiveに解析し,血栓症再発予防にはアスピリン単独では不十分で,とりわけ動脈血栓症に対してはINR
3.0以上の強力な抗凝固療法が必要であるとした。しかし彼らの集計では出血合併症が実に患者の2割にみられている。われわれはこのレベルでの抗凝固療法は危険が高く,適切でないとの判断から,静脈血栓症の患者に対しては他の血栓傾向患者と同様にINR約2.0を目標にワーファリンを投与している。
一方,動脈血栓症の患者に対しては,ワーファリンよりもむしろ抗血小板薬を積極的に使用している。動脈血栓は動脈硬化やスパスムのような血管壁の変化によるずり応力によって血小板が粘着,凝集,活性化するところに発症のきっかけがある。低量アスピリン(81―100mg/日)は副作用もなく第一選択であるが効果は不十分なので,通常強力な血小板凝集抑制剤であるチクロピジン(パナルジン○R)100―200mg/日,血小板凝集抑制機能に血管拡張機能を併せ持つベラプロスト(ドルナー○Rまたはプロサイリン○R)120μg/日,シロスタゾール(プレタール○R)200mg/日,サルポグレラート(アンプラーグ○R)300mg/日のいずれかを併用する。ただし糖尿病患者などとは異なって,APS患者では進行した動脈硬化はそれほど存在しないので,これらの薬剤を投与したときの副作用の頭痛は高頻度で症状も重い。ワーファリンは動・静脈両者に血栓がある場合,弁膜症を合併している場合,あるいはトロンビン生成/線溶活性化のマーカー(TAT,PIC,D-ダイマー,プロトロンビンフラグメント1+2など)の平常時での上昇があれば併用している。ただしINRは1.5―2.0にとどめている。
流産の既往のあるAPS患者の妊娠については,アスピリンを基本的に使用し,血栓症の既往がある場合やアスピリンのみでは妊娠に成功しなかった場合はヘパリンあるいは低分子ヘパリン(フラグミン)が使用がされる。ワーファリンは催奇形性のため使用できない。なおかつ妊娠に成功しない場合はステロイド,ガンマグロブリンなどが試みられることがあるが,とくにステロイドを使用すると早産などの合併症が多くなり,現在は主流の治療法ではない。
出血の危険のある重症の血小板減少症に対しては前述したようにITPに準じて治療が行われる。血小板減少症としての予後や薬剤の反応性については抗リン脂質抗体の有無による差はないとされている。
劇症型抗リン脂質抗体症候群は治療が困難であるが,血漿交換療法を含めた多臓器不全に対する集中治療が必要である。
われわれの治療指針を表2にまとめた。
2.APSの病態を考慮した治療戦略
以上のように,APSの治療,すなわち血栓再発や妊娠合併症の予防には,もっぱら抗凝固療法,抗血小板療法などの抗血栓療法が行われている。抗血栓療法は,非特異的な治療法ではあるが血栓再発には有用であることが明らかとなっている。ただし,ワーファリンにより正常プロトロンビンが減少すれば,抗プロトロンビン抗体の対応抗原も減少することを意味し,抗原抗体反応の機会が減ずるだろう。この意味では,ワーファリンは抗プロトロンビン抗体陽性APS患者においては免疫学的に特異的治療といえるかもしれない。
新しいAPSの血栓予防法の可能性として,抗リン脂質抗体の内皮細胞活性化作用を抑制することによる特異的な治療が候補にあがっている。Meroniら↑28)↑は,抗β2GPI抗体が培養内皮細胞を刺激して接着因子などの発現を促し,その内皮細胞の活性化はスタチンの存在下では抑制されることを示した。彼らが実験に使用したのはフルバスタチンであるが,他のスタチンでも同様の作用があることが示され,出血合併症の心配のないスタチンがAPSの治療薬となりうることを示す重要な知見である。最近の報告では,マウスに精製抗リン脂質抗体を導入するとin
vivoで接着因子の発現が白血球の血管への粘着として観察されるが,このモデルマウスにスタチンを投与すると白血球の接着が抑制された↑29)↑。
また,内皮の活性化や動脈硬化には「酸化」というイベントが重要であり,APS患者に抗酸化剤としてプロブコール(シンレスタール○R)を投与して血栓傾向/内皮活性化マーカーが鎮静化することが報告された↑30)↑。
外因系凝固反応は単球や内皮細胞からの組織因子の発現により開始される。抗リン脂質抗体は単球の組織因子発現を促進する↑31)↑が,ノースカロライナのRoubeyのグループ↑32)↑は,この単球の組織因子発現は血小板凝集抑制薬であるジラゼプ(コメリアン○R)により抑制されることを示した。前述したスタチンも組織因子の発現を抑制した。
プロスタサイクリンにも少なくともin vitroでは内皮細胞障害によるトロンボモジュリンの発現低下を直接抑制する機能などの「内皮保護作用」が示されており,わが国で汎用されている経口プロスタサイクリン誘導体であるベラプロストが抗血小板作用や血管拡張作用に加えて内皮細胞の面からみてもAPSの治療効果が期待できる。
これらの薬剤は安全かつ容易に使用可能であり,エビデンスはまだないものの抗凝固療法や抗血小板療法に加えて有用な治療法かもしれない。
文 献
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著者紹介
1988年 北海道大学医学部卒業
1992年 同大学院医学研究科修了
〃 苫小牧市立病院内科 医師
1994年 英国・聖トーマス病院レイン研究所ループスリサーチユニット リサーチフェロー
1997年 北海道大学医学部附属病院 医員 1998年 同内科学第二講座 助手
1999年 同 講師(現職)
主要研究テーマ:抗リン脂質抗体の病態に関する研究,自己免疫疾患の免疫遺伝学的研究,末梢血幹細胞移植による自己免疫疾患治療の研究
表 1 抗リン脂質抗体症候群診断基準案(Sapporo Criteria-1998)
臨床所見
1.血栓症
画像診断,ドップラー検査または病理学的に確認されたもの(表在静脈の血栓症以外のとき)
2.妊娠合併症
a.妊娠10週以降で,他に原因のない正常形態胎児の死亡,または
b.妊娠中毒症,子癇または胎盤機能不全による妊娠34週以前の形態学的異常のない胎児の1回以上の早産,または
c.妊娠10週以前の3回以上つづけての他に原因のない流産
検査基準
1. 標準化されたELISA法によるβ2グリコプロテインI依存性抗カルジオリピン抗体の測定法において,中等度以上の力価のIgG型またはIgM型の抗カルジオリピン抗体が,6週間以上の間隔をおいて2回以上検出される
2.国際血栓止血学会のループルアンチコアグラントガイドラインに沿った測定法で,ループスアンチコアグラントが6週以上離れた機会に2回以上陽性であること。すわなち
a.リン脂質依存性凝固反応(活性化部分トロンボプラスチン時間,カオリン凝固時間,希釈ラッセル蛇毒時間,テキストラン時間など)の延長が認められる
b.正常乏血小板血漿との混合試験で延長した凝固時間が補正されない
c.過剰のリン脂質の添加により凝固時間が補正または短縮される
d.他の凝固異常が除外できる
臨床所見の1項目以上が存在し,かつ検査項目のうち1項目以上が存在するとき抗リン脂質抗体症候群とする。
除外項目はこれを設けない。
表 2 抗リン脂質抗体症候群の治療方針試案
〈静脈血栓症〉
・ワーファリンが第一選択(INR約2.0)
・少量アスピリン(81―100mg/日)の併用
〈動脈血栓症〉
・少量アスピリン必須
・血小板凝集抑制剤の併用:塩酸チクロピジン100-200mg/日,またはベラプロスト120μg/日,シロスタゾール200mg/日,サルポグレラート300mg/日のいずれかでもよい
・症例により↑1)↑ワーファリンの併用(INR約2.0)
〈妊娠合併症〉
1) 妊娠合併症の既往のある場合
(1) 少量アスピリン
(2) (1) が無効のとき,ヘパリン(または低分子ヘパリン)の併用
2) 血栓症の既往のある場合
少量アスピリンとヘパリン(または低分子ヘパリン)併用
1) 動脈血栓症でワーファリンが必要な場合:弁膜合併症の存在するとき,明らかなトロンビン生成の亢進を認める場合,抗血小板薬を使用しても血栓症が再発するとき,など
図 1 抗リン脂質抗体症候群の中枢病変の脳MRI像(T2強調画像)
(A):58歳女性,原発性抗リン脂質抗体症候群。めまい,てんかんなど多彩な神経症状を認める。大脳白質に多発性のラクナ像が観察される。
(B):46歳女性,全身性エリテマトーデスに続発した抗リン脂質抗体症候群。6回の自然流産歴,および片麻痺あり。脳梗塞像および多発性ラクナ像がみられる。
図 2 ループスアンチコアグラントのミキシングテスト
ミキシングテストでは典型的には上に凸(インヒビター),下に凸(凝固因子欠乏)のいずれかのパターンをとるはずであるが,実際は判定に悩む例も多い。
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