教育講演-7
1.RAの滑膜増殖
関節リウマチ(RA)は難治性原因不明の骨軟骨破壊性関節疾患であり,患者の大多数には炎症性の関節滑膜増殖が観察される。ところでRAの滑膜は新生された血管や活性化された炎症性細胞(リンパ球・マクロファージなど)あるいはそこから分泌されるサイトカインやその刺激により誘導される骨軟骨破壊性酵素が相互に関係しあいながら増殖を促進しているわけで,滑膜細胞が単独で行っているわけでない。そしてこのさまざまな細胞や伝達物質による滑膜増殖の機序がRAの病態解明を困難なものとしている。
2.RAの動物モデル
RAの病態解明のためこれまで数々のモデル動物が開発されてきた。アジュバント関節炎・大腸菌関節炎・コラーゲン関節炎・MRLマウス・プリスタン関節炎・NZB/KNマウス・SKGマウス等がそうである。しかし,こうしたRAの動物モデルはヒトRAと完全にイコールなわけではない(言い換えればRAのモデル動物はRAに類似する関節炎を発症する動物といえる)。ところで,RAの病因解析や新薬スクリーニングをいきなりヒトで行うことは困難である。そこでこれらの動物モデルがRAの治療や病因解明のため多いに貢献してきたわけであり,これからも利用され続けると考えられる。実際,先に紹介したモデルの幾つかは,今なお現役のまま世界中で活躍している。RAモデル動物の使い手が個々のモデルの特性を熟知し,個々の研究に最も適したモデル動物を選択すれば,モデル動物はRA研究に非常に有用な手段であることに変わりはない。
3.生物製剤の開発と動物モデル
ところが近年の生物製剤による新薬開発はいかに使い手がモデル動物の特性を熟知していても,従来のモデルではスクリーニングできない事態を引き起こした。抗体による新薬をヒトに臨床応用するためには,抗体を可能な限りヒトに近づける必要があり,ヒト型化された抗体の多くは異種の動物であるモデル動物には反応しない。そこでヒト型化された抗体でもスクリーニング可能なモデルとしてSCIDマウスにヒトRAの組織を移植したモデルが作成された。
4.SCIDマウス
SCIDマウスは1983年Bosmaにより初めて報告された重症複合免疫不全マウスである。このマウスは機能的なT・B細胞を欠失し,免疫グロブリンも産生しないが,異種の細胞の移植に対しては拒絶反応を起こしにくいという特性がある。なにより興味深いのは,ヌードマウスでは移入困難とされたヒトリンパ球の移植が可能な点である。1988年McCuneはSCIDマウスの腎被膜下にヒト胎児胸腺と肝臓を移植することにより,マウス体内でヒトのTリンパ球が増殖することを報告し,このマウスをSCID-huマウスと命名した。同年Mosierはヒト末梢血リンパ球(PBL)もSCIDマウスに移入できる事を報告した(現在では組織を移植したSCIDマウスをSCID-huマウス,PBLを移入したマウスをPBL-SCIDマウスと分けて呼称することも多い)。しかし,SCIDマウスといえども移植に対してまったく拒絶反応を示さないわけではない。これは
SCID マウスが NK 細胞を有するためとされてい
る。そこでNK活性の低いbg遺伝子をホモに持つBALB/cA-bgマウスをSCIDマウスと交配したSCID/bgマウスが開発された。また移植による拒絶反応をより少なくしウイルス感染も誘発しやすくしたNOD/SCIDマウスも開発されている。
5.SCID-HuRAgマウス
ヒトRA患者の組織がSCIDマウスに移植できることを最初に報告したのはバーギンガムのAdamsであったが(1990),これはACRの抄録にすぎなかったため,一般には1993年のRendtの報告が最初とされている。この時の移植部位はMcCuneに準じ腎被膜下が用いられ,ヒトRAでみられる滑膜線維芽細胞や血管・マクロファージの移植が成功したと報じられた。しかし,RA滑膜に数多く存在するリンパ球はごくわずかしか移植に成功しなかった。そこで我々はより大きな組織を移植できるよう移植部位をマウスの背部皮下に変更し,滑膜と同時に軟骨や骨も移植した(SCID-HuRAgマウス)。このSCID-HuRAgマウスの組織学的特徴は,ヒトRAでみられるさまざまな病理所見がマウスに移植された組織中で観察される点である。光顕的には滑膜の絨毛状増殖・滑膜細胞の多層化・滑膜細胞の棚状配列・炎症細胞の浸潤・リンパ濾胞・増殖した新生血管・フィブリノイド壊死・パンヌスが観察できる。骨破壊がみられる部位では破骨細胞も存在する。免疫染色ではT細胞・B細胞・マクロファージに加えサイトカイン(IL-1,IL-6,TNF)も観察可能であり,軟骨破壊性酵素であるマトリックスメタロプロテアーゼ(MMP-1,-3)も存在する。マウス血清中には移植された滑膜から産生されたと考えられるリウマトイド因子やIL-6も検出可能である。
6.SCID-HuRAgマウスの意義
近年盛んに開発されているモノクローナル抗体による抗RA薬は,霊長類(あるいはヒトのみ)にしか反応しないものも多く,従来の動物モデルを用いた薬効評価は困難とされる。ところがSCID-HuRAgマウスでは対象となる細胞が,ヒトRA患者由来の細胞であることからヒト型モノクローナル抗体にも反応性し,これら薬剤の前臨床試験のモデルとして対応可能である。また既存の抗RA薬であっても,その薬効をヒトの細胞で組織学的に証明することは困難とされた。何故ならば薬剤治療前後に患者から組織標本を採取することは倫理的に無理があり,とくにその薬剤が著効を示した場合は残存する滑膜量も少なく組織の採取も難しくなる。実際これまで抗RA薬の治療前後で患者の組織学的変化を観察した臨床研究は抗TNF-α抗体や抗Campath-1H抗体等の限られたものしかない。そこで抗RA薬の効果判定は主に治療後の患者の症状や血液学的変化によりなされてきた。しかし,治療前後の患者の血液データと滑膜組織の変化を比較した臨床研究では,患者の血液データと組織学的変化が食い違うことも報告されている。そこで抗RA薬治療前後の定期的な組織学的変化を観察可能なSCID-HuRAgマウスによる薬効評価は,より正確な抗RA薬の効果判定に適していると考えられる。また,このモデルでは滑膜に加え軟骨・骨も同時に移植されているため薬剤の骨・軟骨に対する影響も観察することができる。
7.SCID-HuRAgマウスによる薬効評価
我々はこれまでにこのSCID-HuRAgマウスを用い,既存の抗RA薬としてはインドメタシン・ステロイド・サラゾピリン・オーラノフィン・ブシラミン・レミケードを,将来の使用が期待される薬剤としてMRA(抗IL-6レセプター抗体)・T-614・抗Fas抗体(HFE-7A)のスクリーニングを行ってきた。その結果,ステロイド・レミケード・MRAでは著明な滑膜細胞の退縮効果を,抗Fas抗体ではリンパ球やマクロファージの消失効果を,T-614ではグロブリンの産生抑制効果を,ステロイドでは軟骨の変性作用を確認することができた。一方,その他の薬剤では治療後に明らかな組織学的変化が観察されないことも判明した。これらの研究による新しい結果は,今後の薬剤開発に示唆を与えるものと考えている。
8.さいごに
RAは数多くの炎症性細胞や骨軟骨破壊性酵素に加え,前癌遺伝子の発現や細胞のアポトーシスが複雑に絡み合いながら形成される病態である。これに対抗する薬剤の開発には既存のモデルを含め多くのモデル動物を組み合わせたスクリーニングと作用機序解明が必須である。さまざまな観点からRAの病態に迫る手法の一つとしてSCID-HuRAgマウスが役立てば幸いと考えている。 |