はじめに
ヒトの多くの病気は遺伝子機能の異常,あるいは病原体遺伝子の侵入により引き起こされる。したがって,動物で特定の遺伝子を破壊したり過剰発現させたりすることにより,これらの病気を再現することが可能である。また,感染症モデルも病原体遺伝子の導入により作製可能である。発生工学手法により作製された疾患モデルは,病因遺伝子がわかっていること,しかも患者と同じ病因遺伝子によって病気が引き起こされているということが重要な特徴である。これは,従来の病態モデルでは必ずしも保証されなかったことである。
発生工学手法によって疾患モデルを作る方法として,大きく二つの方法が開発されている。一つは外来性の遺伝子を導入することによって新たな遺伝形質を獲得させるもので,他方は内在性の遺伝子を破壊,あるいは変異させることにより,本来の遺伝子機能を失わせるものである。広義にはともにトランスジェニック動物であるが,通常前者をトランスジェニック(Tg),後者をノックアウト(KO)動物と呼ぶ。Tg動物は通常,細いガラス針を用いて前核期の受精卵の核にDNAをマイクロジンジェクトすることにより,作製される。核内に注入されたDNAは宿主染色体にランダムに組み込まれることが知られている。一方KO動物の場合,まず相同遺伝子組み換えによりES(胚性幹)細胞の目的の遺伝子に変異を導入しておく。このES細胞と正常胚のキメラを作ることによって,目的の遺伝子に変異を持った個体が得られる。
これらの方法により,これまでに癌(c-Ha-ras, SV40-T Tgマウス),高血圧(レニン,アンギオテンシノーゲンTg),感染症(B型肝炎ウイルス,C型肝炎ウイルス,HIV
Tgマウス),遺伝病(家族性アミロイドポリニュウロパシー:トランスサイレチンTg)など多くのモデル動物が作られている。関節リウマチについても,従来から知られている自然発症あるいは人工誘導関節炎とともに,遺伝子操作によるモデルマウスが作られている(表1)。
関節リウマチモデルの作製
われわれは,成人T細胞白血病の原因ウイルスであるHTLV-Iを導入したトランスジェニックマウスを作製し,このウイルスが慢性関節炎を引き起こすことをみつけた↑1)↑。このマウスでは,滑膜の増殖と炎症性細胞の浸潤,骨・軟骨の破壊とともに,自己抗体の産生が認められ,これはヒトの関節リウマチの病態に非常によく似ていた(表2)。したがって,ヒトでもこのウイルスが関節リウマチの原因の一つになっている可能性が大きい。発症機構を解析した結果,関節炎の原因は自己免疫であり,2型コラーゲンに反応性のT細胞が関節局所に集積していることがわかった。また,関節では炎症性サイトカインの発現亢進が認められた。これらのサイトカインの病態形成における役割を明らかにするためにノックアウトマウスを作製したところ,IL-1およびIL-6の欠損により,発症が強く抑制されることがわかった↑2)↑。したがって,このモデルではHTLV-IのTaxによって誘導された,IL-1やIL-6などのサイトカインが関節炎の発症に重要な役割を果たしていることがわかった。
IL-1レセプターアンタゴニスト(Ra)KOマウスにおける関節炎の発症とIL-1の免疫,炎症反応における役割
IL-1RaはIL-1のレセプターへの結合を阻害する分子として知られている。われわれはこの分子の生理的役割を知るためにIL-1RaKOマウスを作製したところ,このマウスが自然に関節炎を発症することを見出した↑3)↑。これらのマウスでは,リウマチ因子や抗2型コラーゲン抗体,抗DNA抗体などの血中レベルが亢進しており,自己免疫になっていることが示唆された。また,KOマウスのT細胞をヌードマウスに移植すると関節炎を発症したので,T細胞の異常に基づく自己免疫が関節炎の原因であると考えられた。この結果,IL-1とIL-1Raのバランスは免疫系のホメオスタシスの維持にとって重要であり,その破綻は自己免疫を招くことが示された。
そこで免疫系におけるIL-1の役割を知るために,IL-1KOマウスをSRBCで免疫したところ,抗体産生能が低下していることがわかった↑4)↑。逆に,IL-1RaKOマウスでは,産生能が亢進していた。これらのマウスではT,B,APCの機能は正常であったが,T細胞とAPCの相互作用に問題があり,T細胞のプライミングが十分なされていなかった。そこで,T-APC相互作用に関与する分子を調べたところ,IL-1は直接T細胞上にCD40L,OX40などのコシグナル分子の発現を誘導することがわかった。したがって,IL-1RaKOマウスにおいては,IL-1シグナルが過剰にはいるためT細胞上のコシグナル分子の発現が亢進し,免疫応答が過剰に起こると考えられる。これらの結果は,IL-1が炎症反応のメディエーターであると同時に免疫系の重要な制御因子として,両者のコミニュケーションを媒介する分子であることを示している。
このように発生工学手法は,疾患モデルの作製に有用な手段であるばかりでなく,発症機構を解析するためのツールとして,非常に重要である。本講演では,関節リウマチを例に,発生工学的アプローチの有用性について述べたい。
文 献
1) Iwakura Y, Tosu M, Yoshida E, Takiguchi M, Sato, K, Kitajima, I, Nishioka
K, Yamamoto K, Takeda T, Hatanaka M, Yamamoto H, and Sekiguchi T:Induction of
inflammatory arthropathy resembling rheumatoid arthritis in mice transgenic for
HTLV-I. Science 253:1026-1028, 1991
2) Saijo S, Asano M, Horai R, Yamamoto H, and Iwakura Y:Suppression of autoimmune
arthritis in IL-1-deficient mice in which T cell activation is impaired due to
low levels of CD40L and OX40 expression on T cells. Arthritis Rheum in press
3) Horai R, Saijo S, Tanioka H, Nakae S, Sudo K, Okahara A, Ikuse T, Asano M,
and Iwakura Y:Development of chronic inflammatory arthropathy resembling rheumatoid
arthritis in IL-1 receptor antagonist-deficient mice. J Exp Med 191:313-320,
2000
4) Nakae S, Asano M, Horai R, Sakaguchi N, and Iwakura Y:IL-1 enhances T cell-dependent
antibody production through induction of CD40L and OX40 on T cells. J Immunol
167:90-97, 2001 |