遺伝子治療は将来の有望な治療手段として社会の注目を集め,現在ではすでに400以上の遺伝子治療プロトコールが提出され,4000人以上の患者が臨床研究に参加してきたが,そのすべては補充療法である。その補充療法の最たる対象は生活習慣病の遺伝子治療であろう。とりわけ閉塞性動脈硬化症(ASO)に対するVEGF遺伝子投与による血管新生治療がアメリカで成功して以来,循環器疾患の遺伝子治療がにわかに注目されてきた。大阪大学においても血管新生作用があることが見出されたHGF(hepatocyte
growth factor)遺伝子の筋肉内注入によるASOの遺伝子治療臨床研究プロトコールが認可され,遺伝子治療が始まった。ASO,バージャー病を含めて最初の6例が終了しているが,その安全性と有効性の評価が近く下される予定である(2001年11月末現在)。結果次第ではさらに16例のASO患者に遺伝子治療を行う予定であり,またこの結果をもとにして,HGF遺伝子を用いた心筋梗塞,心不全,心筋症なども治療対象として考えられている。
プラスミドDNAではなく,合成核酸を用いた血管形成術後再狭窄に対する治療も進行中である。その戦略は一般的には血管平滑筋細胞増殖抑制と内皮再生の二つに大別され,欧米では治療が行われているが,その有効性については未だ明らかな結論が出ていない。われわれは血管平滑筋細胞増殖抑制と内皮再生いずれの場合においても複数の関与因子を一挙に抑制することが必要という観点から転写因子をトラップするおとり型核酸(デコイ)を開発し,ハイドロゲルバルーンカテーテルを用いて,血管の狭窄部に導入した。増殖抑制のためにE2Fデコイのブタ冠動脈再狭窄モデルへの導入実験においては,血管造影・血管内エコー(IVUS)において有意に再狭窄を抑制していた。また明らかな副作用も認められなかった。そこで大阪大学では下肢血管の狭窄部に導入するヒト臨床応用をすでに5例実施された。内皮再生療法としては,NFkBのデコイを作成し,同様のモデルにハイドロゲルバルーンカテーテルを用いて導入すると,マクロファージやTリンパ球のバルーン擦過部位への浸潤が阻害され,血管内皮細胞のアポトーシスも抑制され,新生内膜の形成が阻害された。今後は両者の併用も行いたい。
このNFkBデコイはステロイドに変わりうる抗炎症剤として新たな可能性を秘めた医薬品になりうると期待されている。コラーゲン誘発性のラットの関節炎モデルでは,炎症細胞の浸潤と軟骨の破壊が抑制され,1回の投与で2カ月以上の効果が検出できた。同様な手法はアトピー性皮膚炎の治療にも応用可能である。
一方,癌や遺伝病の多くはいぜんとして難しいターゲットである。それらの治療を可能にするためには遺伝子治療の鍵を握る遺伝子導入および発現技術のさらなる改良が必要である。その具体的な開発の現状はさておき,そのコンセプトとして,遺伝子導入は生体組織にとってウイルス感染にも似た攻撃であり,生体防衛反応を惹起するものだという認識に立って開発を進めなければならないのではないか。遺伝子導入に対してどのような生体バリアーが存在し,それをどのようにして克服すべきかを今以上に掘り下げて行う基礎研究の必要性はもっと高まるであろう。
遺伝子治療の可否を大きく左右するのは組織への遺伝子導入の効率であり,そのために遺伝子導入法の開発は重大な意味を持つ。ここでは循環器疾患遺伝子治療のための遺伝子導入法に焦点をあてて解説する。
遺伝子導入法にはウイルスベクターと非ウイルスベクターがあるが,前者はウイルスゲノムの一部を,発現させたい外来遺伝子に置換した組み換えウイルスであり,代表的なものはRNAウイルスであるレトロウイルスベクターで現在の臨床プロトコールの70%を占めている。
血管壁への遺伝子導入は1989年にNabelらによって最初に報告されたが,彼らは主にレトロウイルスベクターを用い4週間以上の遺伝子発現を認めた。宿主染色体へのゲノムの組み込みが効率よく起こり長期発現が期待できる一方,非分裂細胞への遺伝子導入は困難であり,体内組織への遺伝子導入には不適である。したがって体外に取り出した細胞に遺伝子を導入し体内へ戻すex
vivo法での応用が大半である。
次によく用いられるアデノウイルスベクターは高力価の組み換えウイルスが作製でき,極めて強力な遺伝子発現を生体組織で起こせる点で注目されているが,遺伝子発現が一過性であること,細胞毒性や抗原性が強く頻回投与が困難である欠点がある。しかし血管壁や心筋への遺伝子導入にはよく用いられている。
最近注目されているアデノ随伴ウイルスベクター(AAV)は,非分裂細胞でも染色体DNAに遺伝子を挿入でき長期遺伝子発現が可能なベクターとして開発が進んでいる。血管壁への遺伝子導入にも用いられているが,内皮には導入できても中膜細胞まで到達しない。一方,非ウイルスベクターはウイルスゲノムの組み換えやパッケージング細胞などは用いずに遺伝子を導入する方法である。
担体を用いないnaked DNAの直接導入は培養細胞ではまったく導入できないのに,筋肉などへ直接注入するだけで遺伝子発現が起こることがわかり,臨床応用の頻度が急増している。一方,従来から使われてきたリポソーム(脂質二重層を有する閉鎖小胞)は当初導入効率,再現性は極めて低かったが,1987年Felgnerらは正電荷を持つ合成脂質によるリポソームを作り,電荷によってDNAの周りをこのリポソームで取り囲んだDNA-リポソーム複合体を考案し,細胞への付着性を高め,培養細胞での高い遺伝子発現が可能な方法(リポフェクション)を開発した。この方法では正電荷を帯びたリポソーム-DNA複合体が細胞表面に付着し細胞の貪食作用で細胞に取り込まれる。安全で連続投与が可能であるが生体組織における遺伝子発現の効率は低く,とくに心血管系にはあまり用いられてていない。
一方リポソームに機能分子を埋め込んで導入効率をあげるという改良もなされHVJ(Hemagglutinating Virus
of Japan;Sendai virus)による細胞融合研究からHVJ-リポソーム法が開発された。この方法ではDNAを封入した一枚膜リポソームを不活化HVJと融合させ,HVJ由来の融合蛋白FとHNを含むベジクルが作製される。
HVJはF,HNの共同作用によってリンパ球以外のほとんどの細胞に融合し遺伝子の導入が可能であり,細胞の分裂,非分裂を問わず遺伝子の導入,発現が可能であり,連続投与も可能である。オリゴヌクレオチドやRNA,蛋白や薬剤の導入にも極めて有効であることがわかった。さらに効率を高めることが可能な改良型HVJ-リポソームも開発されている。このベクターのサルでの安全性
試験も終了した。しかし生産性の面で,均一な高品位製品を大量に生産することが極めて困難であった。そこで最近,このHVJ-リポソーム系を凌駕することのできる人工ウイルスベクターの開発に成功した。この系ではリポソームを用いることなく不活化HVJに高効率に遺伝子を封入し,培養細胞ばかりでなく生体組織への導入が可能である。また作成が極めて簡単で,遺伝子の大量・迅速スクリーニングへの応用も可能となった。現在さらに可能性を探究する一方,臨床応用をめざした製造法の確立をめざしている。 |