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リウマチ Vol.41 No.3             
「心 と 病」
 
吉 野 槇 一
 
Editorial
 ヒトは約40兆,50兆と云った天文学的数の細胞で構成されている。この細胞集団を維持するために,消化器系,循環器系,呼吸器系,運動器系,神経系,免疫系などが発達している。そして,この細胞集団には,身体的,精神的ストレス刺激が加わると,神経系(主に自律神経系),内分泌系(視床下部・下垂体・副腎皮質軸),免疫系がお互いに情報を伝達し合って,その恒常性を可能な限り保つ機構がある。
 “喜びのある心は病をいやすが,霊が沈むと骨まで枯れる”(旧約聖書箴言17-12),また,“心はからだの主人なり”(養生訓,貝原益軒著)といわれているように,「心と病」が,密接な関連があることは,洋の東西を問わず,古くから経験的に理解されている。
 そこで私は,これら先人達の教訓と接遇の大切さを客観的に証明したいと考え,RA患者ならびに,健康な方の協力を得て,次のような臨床実験を行った。落語による楽しい笑い,人情話によって涙し泣く,手術直前の極度の緊張,そしてその直後の全身麻酔による意識消失といったゆさぶりを加え,その前後で採血し,神経系,内分泌系,免疫系を反映する各物質を測定した。結果は楽しく笑う,また意に反し涙を流して泣くと,これら系の異常値は,正常化,即ち基準値範囲内に入るか,またはそれに近づくことがわかった。
 一方,手術台に横たわって恐れ,不安におののいている時には,前日に認められたインターロイキン6などの異常値はさらに増悪するが,全身麻酔をかけ執刀直前時にはこれら値は楽しい笑い,涙して泣いた時と同様,異常値が正常化してくることが明らかになった。なお,これらすべての臨床実験で,健康の方は神経系,内分泌系,免疫系の値はほとんど基準値範囲内で,そして有意の変動はみられなかった。
 以上の臨床実験から,次のようなことが推測された。

 @RA患者は,過度の身体的ストレス刺激を常に受け,これら刺激によって症状,検査値などの異常が増幅される。

 A楽しい笑い,涙して泣く,ねむりと云った生理現象は,神経系,内分泌系,免疫系の異常を正す作用がある。

 B作用機序は不明であるが,Aで述べたこれら生理現象によって,精神活動(思考など)がリセットされ,精神的ストレス刺激が神経系,内分泌系,免疫系に一時的に伝達され難くなる(Brain Reset Mechanism)。

 C神経系,内分泌系,免疫系に乱れがない時には,ストレス刺激が加わっても変動はほとんどおきない。

 身体ばかりではなく,心を含めた全人的治療の大切さが,医療の現場のみならず,社会においても強調されている。患者を診ないで,検査値ばかり見ている医師が少なくないと指摘を受けている今日,長期療養を要するRA患者では,私達が行った臨床実験より推測された上記@,A,B,Cを参考にし,悲しみ,不安,恐れなどを取り除き,そして明るく,希望を与えるように接遇することが,特に必要ではないかと思われる。
 なお,余談になるが,高度情報技術(IT)が進歩すればするほど,直接相手を見,そして話を聴き,目の動き,輝き,顔の表情から,相手の考え,感情などを推し量ると云った脳の統合的機能を必要とするcommunicationの機会が少なくなることが推測される。その結果,脳の健全な発達と維持が難しくなり,精神的におかしくなることが危惧される。現にこれを示唆しているような現象が私達の身のまわりにもおきている。
 IT,ITと呼ばれているが,これには大きな「おとし穴」があることを認識した方がよさそうである。人間中心のバランスのとれた文明が発達することを是非期待したい。


文   献

1) Mukai E, Nagashima M, Hirano D, Yoshino S:Comparative study of symptoms and neuroendocrine-immune network mediator levels between rheumatoid arthritis patients and healthy subjects. Clin Exp Rheumatol 18:585-590, 2000
2) 吉野槇一.小山泰朗:楽しい笑いと慢性関節リウマチ患者,リウマチ40:651-658,2000
3) Hirano D, Nagashima M, Ogawa R, Yoshino S:Serum levels of IL-6 and stress related substances indicate mental stress condition in patient with RA. J Rheumatol 28:490-495, 2001
 

著者紹介
 1965年 日本医大卒業
 1966年 東京大整形外科学教室入局
 1974年 都立墨東病院リウマチ科医長
 1978年 日本医大理学診療科助教授 1991年 同大リウマチ科教授(現職)
主要研究テーマ:関節リウマチのトータルマネージメント,人工膝関節,神経・内分泌・免疫系の役割

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