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リウマチ Vol.41 No.2             
「21 世 紀 の 医 学・医 療」
 
高 久 史 麿
自治医科大学学長
 
21世紀の記念講演

 われわれはいよいよ21世紀を迎えたが,今世紀の医学・医療の展望としてまず考えられることは,高度先進技術の医療の現場への導入である。20世紀からすでに始まっている遺伝子工学の知識や技術の臨床的な応用は,21世紀に入ってますます加速されると考えられる。1990年から世界的な規模で進められてきたヒトゲノムプロジェクトに関しては,2000年の6月にはヒトのDNAの全塩基配列の大まかな決定(draft sequence)を終了したことがアメリカとイギリスで報告された。ヒトDNAの全塩基配列の詳細についてはいずれ近い中に完了するものと期待される。したがって,本年はヒトゲノムの機能・その変化の各種疾患の病態への関与の解明,さらにその結果の各種疾患の診断・治療への応用を目的としたpost-genomicsの時代の幕開けの年となると考えられる。とくに現在すでに世界的な規模で行われているヒトの遺伝子多型の解析の進展は癌,高血圧,糖尿病,骨粗鬆症等の生活習慣病や免疫・アレルギー疾患等,さまざまな疾患と遺伝子の変化との関係を明らかにし,その結果それほど遠くない将来遺伝子の変化に基づいた遺伝子診断が臨床の現場で広く行われるようになると推定される。さらに,これらの遺伝子の変化の検索の結果が各種疾患の予防にも広く応用されるようになると期待される。

 遺伝子工学のもう一つの医療への応用である遺伝子治療に関しては,今までに4000例以上の各種の先天性疾患,癌,AIDSに対する遺伝子治療が臨床研究の形で行われてきた。1999年に遺伝子治療による死亡例が出たことや癌,AIDSに対して期待したほど遺伝子治療が有効でなかったこと等の理由から一時期遺伝子治療に逆風が吹いた感があった。しかし2000年になって先天性免疫不全症(SCID-X1)に対する遺伝子治療ならびにB型血友病に対する遺伝子治療の成功例がフランスならびにアメリカのグループから相次いで報告され,研究者の間で遺伝子治療に対する新しい希望が沸いてきた。さらにその後変異アデノウイルスであるONYX-015とシスプラチン,5FUの併用が再発頭頸部癌に有効なことが報告されたことも明るい話題となった。なお,慢性関節リウマチに対する遺伝子治療に関しては,動物実験のレベルではさまざまな試みと有効例が報告されているが,臨床的に明らかに有効であったという報告は今のところみられていない。しかしTNF-αに対する抗体やTNFのsoluble receptorがすでに広く臨床的に使われていることから考えて,極めて近い将来,これらのサイトカインなどを用いた慢性関節リウマチに対する遺伝子治療が行われるようになるであろうと期待される。

 再生医学に関しては,1997年と1998年に相次いでクローン羊の作製とヒトのembryonic stem cell(胚性幹細胞)(ES)細胞系の確立が報告されたことが2つの大きなトピックスとしてあげられる。とくに,後者のヒトのES細胞系列は今後ES細胞をヒトの各種細胞に分化させ,その細胞の細胞治療さらに人工臓器の移植への利用は,提供臓器の不足に悩む移植医療の今後の発展にとって大きな意味を持つようになるであろう。

 ES細胞の臨床的応用と並行して,自己の各種幹細胞を臨床的に応用する研究が世界的に非常な勢いで進展しており,ES細胞と並行する形で自己幹細胞から分化した細胞を移植や自己臓器の再生に利用する所謂再生医学は21世紀の新しい医学としてその展開が大きく期待されている。しかし反面,上述のような高度先進医療の臨床の現場への応用は,さまざまな生命倫理の問題を含んでおり,高度先進医療の進展に伴う医療費の増加の問題とも関連して,これらの新しい技術の医療現場への適用に際しては社会の理解を得るという努力をつねに怠ってはならないであろう。

 21世紀は脳の世紀ともいわれている。今までは脳に関しては暗黒の大陸といわれるほどその知見が少なかったが,20世紀の終わりになって脳中の神経幹細胞の発見やES細胞の神経細胞への分化等脳に関する基礎的な研究が大幅に進展し,その知見の蓄積の成果が21世紀にはAlzheimer病やParkinson病等の中枢神経の障害のみならず,精神分裂病や躁鬱病のような精神疾患の病態の解析,診断治療へと結びつくものと期待される。

 21世紀の医療の問題の一つとして,evidence based medicine(EBM)の概念の臨床の現場への応用がある。情報化社会の中で,医療におけるEBMの実施は世界的な傾向であり,わが国でもEBMを実施する際に必要な治療のガイドラインの作製が学会などを中心に現在進行中である。情報伝達技術の急速な進歩によって医療の現場にEBMの実施に必要な情報がただちに入るようになってきているが,EBMに基づく情報の提供は,患者からのインフォームドコンセントを得るためにも,今後ますます必要となってくると考えられるし,また患者自身が自分の疾患のEBMに関する情報を集め,その実施を主治医に求めるような時代になってきつつあるのが現状である。したがって,EBMが医療のスタンダードとなる時代がもうすでに来ていると考えられる。また,最近では診療情報の開示の要望が強いが,EBMはそのためにも必要となってくるであろう。

 一方,21世紀には人口の高齢化に伴い,癌,高血圧,糖尿病,骨粗鬆症等の生活習慣病の患者の割合が益々増加し,生活習慣病に対する一次予防の重要さが益々強調されるようになるであろう。わが国でも「健康日本21」を目指した具体的な数値目標が政府から出され,生活習慣病への予防が国家的政策としてとられようとしているが,このような生活習慣病に対する予防ならびに治療は,当然患者の協力がなくては実施が不可能である。

 以上述べてきたような,臓器移植,遺伝子診断,遺伝子治療の進展,再生医学の臨床への応用と並行して【創】薬の面でも新しい技術の進展が目覚ましく,その進展によって画期的な新薬の開発が進み,その結果従来の薬剤とはまったく異なった形の薬剤が臨床に導入されるようになってきている。これらの新しい医療技術の導入や新薬の開発は個々の患者の予防,診断,治療に大きな成果をあげてきているが,このことが同時に医療費の急激な増加をもたらしてきている。医療費は,高度先進医療の医療に現場への導入と,ますます進む高齢化社会の出現と相まって,今後さらに増加することは明らかである。新しい医療技術の恩恵をこうむるのも,またそのための費用を負担するのもいずれも国民一人一人である。したがって今後増加する医療費の負担をどのような形で行うべきなのかを新しい医療の導入とそのための費用の上昇をどのようなバランスで考えるのか,これらの問題は国民一人一人の問題として真剣に考え,討議する必要があるであろう。

 十分な情報の提供によるインフォームドコンセントの取得,診療録の開示,患者の権利の尊重,生活習慣病の予防,治療における患者の協力の必要性,など21世紀を迎え急激な変化を遂げつつあるわが国の医療の現状を考えると,今後は医療サイドが一般の人達に医療に関する情報を広く開示し,医師と患者とが協力して疾患の予防や治療に当たる開かれた医療の時代になるであろう。しかしそのような時代になればなるほど,われわれ医療人はいたずらに世論に迎合することなく,医療の専門家としての見識を持ち,専門家としての意見をはっきり述べて社会を啓蒙する努力を怠ってはならないことを強調したい。
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