全例市販後調査のためのトファシチニブ適正使用ガイド (2020年2月1日改訂版)
トファシチニブは、ヤヌスキナーゼファミリーの分子を阻害することによって、サイトカインシグナル伝達抑制を初めとする免疫抑制作用を介して抗リウマチ効果を示す薬剤である1)。2013年 3月に本邦で RAの適応が承認された。米国においても 2012年 11月に承認されている。一方、欧州では、2013年4月に、専門委員会においてベネフィット•リスクの観点から承認に対して否定的な見解が表明された。
ガイドの目的
トファシチニブは、関節リウマチ患者の臨床症状の改善・関節破壊進行の抑制・身体機能の改善が臨床試験により証明された薬剤であるが、投与中に重篤な有害事象を合併する可能性がある1,2)。本指針は、国内外で実施された治験の結果を基に、市販後調査におけるトファシチニブ投与にあたって、その適応や、有害事象の予防・早期発見・治療のための注意点を示し、薬剤の適正使用を促すことを目的とした。
本ガイドは、現時点における臨床試験の成績に基づき作成されたものである。今後、市販後臨床試験調査の成績を反映して、『実地臨床における適正使用のためのガイドライン』を策定する予定である。
対象患者
- 疼痛関節数6関節以上
- 腫脹関節数6関節以上
- CRP 2.0mg/dL 以上あるいは ESR 28mm/hr 以上
上記3項目を満たさない患者においても、
- DAS28-ESR、SDAI、CDAIでmoderate activity以上
のいずれかを認める場合も使用を考慮する。
- 末梢血白血球 4000/mm3以上
- 末梢血リンパ球数 1000/mm3以上
- 血中β-D-グルカン陰性
用法・用量
- トファシチニブ5mg錠を、1日2回経口投与する。
投与禁忌
- 明らかな活動性を有している感染症を保有する患者においては、その種類に関係なく感染症の治療を優先し、感染症の治癒を確認後に本剤の投与を行う。本剤は、CRPなどの炎症マーカーや、発熱などの症状を著明に抑制するため、感染症の悪化を見過ごす可能性がある。
要注意事項
なお、呼吸器感染はその頻度と生命予後への影響から重要であり、副作用対策の観点から以下の項目に注意をして投与を行う必要がある。また、本剤投与中に発熱、咳、呼吸困難などの症状が出現した場合は、細菌性肺炎・結核・ニューモシスチス肺炎・薬剤性肺障害・原疾患に伴う肺病変などを想定した対処を行う。フローチャートおよび「生物学的製剤と呼吸器疾患・診療の手引き(日本呼吸器学会)」等を参照のこと。
1)肺炎などの感染症
- 胸部X線撮影が即日可能であり、呼吸器内科専門医、放射線科専門医による読影所見が得られることが望ましい。
- サイトカインシグナル伝達を阻害する事によって、CRPなどの炎症マーカーや、発熱、倦怠感といった症状が、感染症合併時に抑制される可能性があるため、特に臨床症候の変化に注意が必要である。
- サイトカインを標的とする生物学的製剤の市販後調査で明らかにされた肺炎・重篤感染症危険因子4,5,6,7)が重複する患者(高齢、肺合併症、副腎皮質ステロイド投与、糖尿病、など)への本剤の使用は、治療上の有益性が危険性を大きく上回ると判断される場合にのみ投与する。また、本剤の特徴に関して、家族にも十分注意するよう指導する必要がある。
- 呼吸器感染症予防のために、インフルエンザワクチンは可能な限り接種すべきであり、65歳以上の高齢者には肺炎球菌ワクチンの接種も積極的に考慮すべきである。
2)結核・非結核性抗酸菌症
- スクリーニング時には問診・インターフェロン-γ遊離試験(クオンティフェロン、T-SPOT)またはツベルクリン反応・胸部X 線撮影を必須とし、必要に応じて胸部CT撮影などを行い、肺結核を始めとする感染症の有無について総合的に判定する。
- 結核の既感染者、胸部X 線写真で陳旧性肺結核に合致する陰影(胸膜肥厚、索状影、5 ㎜以上の石灰化影)を有する患者、インターフェロン-γ遊離試験あるいはツベルクリン反応が強陽性の患者は潜在性結核を有する可能性があるため、必要性およびリスクを十分に評価し慎重な検討を行った上で、本剤による利益が危険性を上回ると判断された場合には本剤の開始を考慮してもよい。
- 潜在性結核の可能性が高い患者では、本剤開始3週間前よりイソニアジド(INH)内服(原則として300mg/日、低体重者には5mg/kg/日に調節)を6~9ヶ月行なう。
- 非結核性抗酸菌感染症に対しては確実に有効な抗菌薬が存在しないため、同感染患者には原則として投与すべきでない。
3)ニューモシスチス肺炎
- ニューモシスチス肺炎は、諸外国に比較して本邦関節リウマチ患者での発現頻度が非常に高く、本剤投与中においても報告例・死亡例が存在する。危険因子(高齢、肺合併症、副腎皮質ステロイド投与、糖尿病、末梢血リンパ球減少など)を複数有する患者では ST合剤によるニューモシスチス肺炎の発症抑制を考慮する9)。
4)ヘルペスウイルスを含むウイルス感染症
- 国内外の臨床試験では帯状疱疹の発現頻度の上昇が報告されている。また、ヘルペスウイルスの再活性化によると思われるは種性帯状疱疹を含む重篤な帯状疱疹が報告されている3)。投与開始前に初発症状と早期受診を患者に説明し、重篤化を防止する。特に、帯状疱疹の既往のある患者では、治療上の有益性が危険性を大きく上回ると判断される場合にのみ、投与することが望ましい。このほか、Epstein-Barrウイルス、サイトメガロウイルスの再活性化なども報告されている。
参考文献
1) Mod Rheumatol. 2013;23(3):415
2) Curr Opin Rheumatol. 2013 May;25(3):391
3) 独立行政法人医薬品医療機器総合機構 ゼルヤンツ®(トファシチニブクエン酸塩)審査結果報告書.
4) Ann Rheum Dis. 2008 Feb;67(2):189
5) J Rheumatol. 2009 May;36(5):898
6) Ann Rheum Dis. 2011. Dec;70(12):2148
7) Mod Rheumatol. 2012 Aug;22(4):498
8) N Engl J Med. 2007 Nov 1;357(18):1874
9) Ann Rheum Dis. 2014;73(5)871-82.
全例市販後調査のためのトファシチニブ適正使用ガイド (2020年2月1日改訂版)
一般社団法人 日本リウマチ学会
ガイドライン委員会
RA治療薬ガイドライン小委員会
委員長 川人 豊
(2020.2.1)
更新記録
2013年6月 全例市販後調査のためのトファシチニブ使用ガイドライン初版策定
2014年6月 改訂第2版
2019年6月 改訂第3版
2020年2月 改訂第4版