リウマチ専門医もしくは目指している医師が個々の能力を発揮して日本のリウマチ膠原病患者を支えていくには、医師の働き方を時代に合わせて変えていく必要性があります。一昔前は医師の世界では仕事を完全にできない場合には辞めるのが当然(all or none)との風潮がありました。しかしながら医療の専門性が細分化している昨今、本邦のリウマチ膠原病患者約120万人を、4769人のリウマチ専門医(2016年3月現在)という圧倒的専門医不足の状況で診療するという観点からは、専門性を諦めたり医師を辞めた際の社会的損失は極めて大きく、長期的かつマクロな視点が求められます。
患者を診療するには、医師が元気に生活できていることが前提です。医師としての基礎を固める上で20-40歳代は大切な時期になりますが、同時に人として、女性の場合には妊娠・出産・子育て、男性の場合も子育て、さらに年齢が上がると体力が低下するだけではなく、親の介護や自身・家族の病気などに遭遇する可能性が出てきます。リウマチ膠原病は、全身性疾患でありかつ長期的な医療との関わりが必要なことが多いという疾患特性から、全人的医療が特に必要とされる分野です。最新の医学的知識だけではなく、医師自身の人生経験や生活者としての視点が診療に役立ち、診療に深みを持たせることができると考えています。
近年女性医師が増加している背景から、子育て中の女性医師向けの制度が大学病院などで始まっており、私もそれを利用させていただき、そのおかげで現在も専門性を維持して仕事を続けております。しかしながら本人を含めて皆が納得する制度というわけではなく、現状の問題提起をして、新たな時代に向けて今後の一つの提案をさせていただきたいと思います。
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一つ目は、近年増えてきた子育て中の女性医師に限定されていることが多い点です。親、子供の病気や世話、介護などの諸事情は性別に関係なくありますし、妻が体調を崩して子供を見られなくても男性医師は育休を取得できないことがほとんどです。
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二つ目は、子育て中の女性医師以外の医師にしわ寄せが行くと捉えられ、不公平感が生じていることがあります。特に夕方から夜、休日の仕事量の増加や、言葉のかけ方などで感情的な軋轢が生じている場合もあります。一般の業界では2014年に、いわゆる資生堂ショック(育児支援の先進企業が、時短社員に夜間休日の就労を求める代わりにキャリア上の不利益を最小限にした制度に変えて話題を呼んだ)が起きており、医師の世界でも皆が納得できる新たな働き方を模索する必要があります。
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三つ目は、一見負担を軽減しているはず制度が、逆に精神的負担を生じさせていることがあります。周囲の方々に気を遣っていただくのは大変ありがたいのですが、職場への影響を考えると常時申し訳ない気持ちで仕事をせざるを得ず、特別扱いされていることで浮いてしまい、かえって居づらくなることも少なくありません。
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四つ目は、この仕組みはハードとしての「制度」だけでは成り立ちません。保育園、病児保育などの「サポート体制」、ソフトとしての「職場の理解と雰囲気」の三つが揃って初めて意味のある制度になります。現場に考え方が浸透せず制度のみが先行している場合があり、子育て女性医師以外の立場の医師にもメリットがないと、なかなか理解が進まない可能性があります。
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五つ目は、妊娠、子育て中の女性医師と一括りに言っても、本人の体力低下の程度や期間、子供の状態、生活のサポート体制は個人差が非常に大きいものです。また、日本人の家事や家族のケアにかける時間は女性が男性の5倍というOECDのデータ(2014年)もあり、家庭内の分業体制が各家庭で異なります。大変だが頑張って乗り越えたという体験は、それができない人にはプレッシャーを与え、周囲の無理解を招くこともあります。多様性を孕んでいるという点で、一個人の経験を他人に当てはめることはできません。
他にも様々な問題があると思いますが、少なくとも上記に挙げた事項を勘案しますと、一つの解決方法として、特定の立場の医師に限定することなく、どの立場の医師にも通用する仕組みとして、「医師のワークライフバランス」を病院内や科内で少しずつ時間をかけて検討していくことが、今後のリウマチ専門医もしくは目指す医師にとって必要なのではないかと思います。
ワークライフバランスとは、「仕事と生活の調和」を指し、「一人ひとりがやりがいや充実感を感じながら働き、仕事上の責任を果たすとともに、家庭や地域生活などにおいても、子育て期、中高年期といった人生の各段階に応じて多様な生き方が選択・実現できる社会」のことを言います(内閣府)。医師の世界においては人員が少なくて疲弊しているのに、悠長なことを言える状況ではない、という意見もあると思いますが、現状を放置すると、ますます状況が悪化する可能性があります。医師の労働環境は、根源的には医療を取り巻く制度や医師偏在など様々な構造的な問題が背景にあると思われますが、本稿では現状で取り組んでできることを考えていきたいと思います。
持続可能な、多様な働き方を認める「職場の雰囲気」を作るにはどうしたら良いでしょうか? 一つの提案ですが、職場内の仕事への関わり方の考えを科内もしくは院内で少しずつ共有して理解者を増やした上で、各病院の事情に合わせながら最終的には主治医制ではなく、チーム制にすることだと考えています。この際、患者には事前に話をして医師と患者間の特定の依存状態は解消しておく必要があります。全てのスタッフで情報を頻繁に共有し、ある医師が不在になっても代理できるようにします。当科では実質上、曜日担当制としています。患者の病状をカンファで頻繁に相談しながら複数の医師が把握して方針を決定できるため、医師、患者双方にメリットがあると感じています。
当院での取り組みをご紹介します。10年前に、都立系で初の女性院長が誕生し、各部門のトップも女性が多く「女性の働きやすい病院プロジェクト」が推進されました。育児時短制度や院内保育園、小児科病棟における病児保育などの環境が急速に整備され、子育て中の女性医師がキャリアを継続できるような仕組みができました。今でこそ大学病院を中心に時短制度を導入している所が増えましたが、当時としては、また一般病院としては、画期的なことでした。それ以降、当院でこの制度を利用する医師が増え、専門性を維持しながら地域に貢献しています。2013年には外部講師による「医師のワークライフバランス」の講演会を開催しました。現在の常勤医は病院全体で男女比7:3、内科系・外科系ともに女性のうち8割は子育て中もしくは経験者で、部長2人、医長10人と管理職にも多く、大変働きやすい環境です。さらに個々の事情に応じて非常勤医の働き方にも多様性が認められています。当院では子育て中の女性医師が働き続けるための「制度」だけではなく「サポート体制」、「職場の理解と雰囲気」が揃った病院です。よく観察しますと、子育て中の女性医師が働きやすいということは、男性医師を含めた他の立場の医師も働きやすいのです。具体的には、時間外労働を当然化しない風潮、当直明けや有給休暇などで不在医師がいても代理体制を取る科が多く敷居が低いこと、当直体制がお互いの信頼のもとしっかりしていること、などが要因として挙げられます。
刻一刻と変化する医療を支えるには、医師が元気に働ける環境が必要です。私は出産後の体力低下で一時仕事を中断し、復帰時も勤務時間を減らした一方で、子供を通して幼稚園や地域の人々と関わる機会が増え、広い意味で社会勉強になりました。まだまだ途上ではありますが、この経験が今の診療に役立ちつつあると実感しています。少ない経験ながらも後に続く方にアドバイスができるとすれば、細々とでも良いので膠原病診療を何らかの形で続けていただくと、後になって役立つ時が来るということです。
最後に、私がここまでリウマチ膠原病診療を続けて来られたのは、当院院長の上田哲郎先生、当科と連携している多摩総合医療センターの杉井章二先生、大学病院時代にお世話になった山本一彦先生、神田浩子先生、並びに関わって下さった全ての諸先生方のご理解、ご指導の賜物であり、厚く御礼を申し上げます。